VVの幼少期

異母双子と二人の母

1912年、ニューヨークのブラックウェル本家。
VV(薇薇)とカーフェイ(アッシュ四世)は同じ日に産声を上げた。
母・朱韺の滞在先であった本家で、偶然にも使用人のマリアも
バード(アッシュ三世)の子を妊娠しており、出産が重なったのだった。
10歳になった頃、VVは屈託のない笑顔でカーフェイに言い放った。
「同じ父親で、同じ日に同じ場所で生まれたんだから……
私たち、腹違いの双子ってことでしょ?」
「よせよ、気持ち悪い」と眉をひそめるカーフェイに、
VVは「だって本当じゃない」とケラケラ笑った。

演奏旅行で不在がちな母に代わり、VVを育てたのは
カーフェイの母であるマリアだった。
マリアがVVを「お嬢様」と呼ぶたび、カーフェイは幼い頃から
どこか面白くない気持ちを抱いていた。

当の朱韺は決してVVに関心がないわけではなかったが、
家に帰ってもVVはいつもふらりと出かけて不在だった。
一方で、朱韺に懐いていたカーフェイは、
折り紙や手作りのカードをプレゼントし、
朱韺は「二人だけの秘密ね」とカーフェイの頬にキスを送った。
その小さな贈り物たちは、今も彼女の机の引き出しに大切にしまわれている。

天才VVと努力家カーフェイ

VVは完全な「天才型」だった。
ピアノは習わずに弾きこなし、バイオリンも触ったことがないのに
「多分弾ける」と言い切る。
記憶力は異様なほど高く、一度見た顔と名前を絶対に忘れず、地図も画像として頭に叩き込んだ。
その一方で、VVは使用人たちと過ごす時間を好み、
家事や庭造り、電気工事や馬車の修理まで一緒にこなした。
ふらっとトラムや自転車で街へ飛び出し、
白執事が青くなって後を追うのが日常茶飯事だった。

対するカーフェイは「努力型」で、家庭教師のもとで
ビジネスや産業の専門書ばかりを読み漁っていた。
良家の子息以外の友人はおらず、恋愛にも奥手だった。
祖父のアッシュ二世はカーフェイの堅実さを買っていたが、
同時にVVの自由気ままさに密かな憧れを抱いていた。
カーフェイ自身もVVの才能を認めつつ、
「努力もしないで何でもできるなんて、嫌な奴だ」
と割り切れない思いを抱えていた。

父親であるバードは凡人であるためVVの規格外の行動が理解できず、
またロマンスと芸術を愛する男であったため、
生真面目なカーフェイの性格をいまいち理解できなかった。

裏通りの女王と先手必勝

小学生の頃から私立学校に通うVVは同級生の友人も多かったが、
交友関係はそれだけに留まらなかった。
駄菓子屋に顔を出し、貧民街の裏通りを歩けば、
街の子供たちが「危ないから付いて行くよ」と親衛隊のように群がった。

上海の裏通りを歩くVV(1924年頃)

ある日、裏通りで遊んでいたVVを、まだ幼い紅烈(ホンリエ)が見つける。
「おい、そこのチビ。見かけない顔だな。挨拶もなしとは度胸あるじゃねえか。ちょっといじめてやろうか」

VVはニヤリと笑うと、言葉より早く紅烈の向こう脛を思い切り蹴り上げた。
悶絶して倒れた紅烈の脚を容赦なく踏みつけ(ストンピング)、
「あなた、喧嘩のやり方も知らないの? 喧嘩は先手必勝なのよ」
と笑って去っていった。
震えながら「化け物だ……」と呟く紅烈に、周囲の子供たちは「VVに勝てるわけないじゃん」とクスクス笑い、紅烈はさらに打ちのめされるのだった。

収まりきらない怪物

13歳を過ぎると、アッシュ二世は訓練として二人をビジネス現場に加えた。
カーフェイが完璧にこなす一方、VVは女工に混じって工場で製品を作ったり、
見知らぬ会社の事務所で勝手に経理の雑用をしていた。
二世が「将来のビジネスの準備だろう」と見守っていたのも束の間、
VVがフランス海軍や警察、果ては日本海軍や国民党軍の基地にまで
出入りしているという噂が届く。
二世(まさか、うちの孫はスパイ活動でもしているのか……?)

1927年4月11日。当時14歳のVVから、ブラックウェル商会で執務中の二世に
一本の電話が入る。
「今日と明日、上海の華街の発電所と変電所を止めてほしいの」
二世は何も問わずに手配した。その真意が「上海クーデター」という歴史の大きな波と重なっていたことを知るのは、翌日のことである。

さらに1928年1月、VVは突然「今日からこの子がここに住むから」と
MG(マリゴールド)を連れて屋敷にやってきた。
常識を超え続けたVVの行動に、家族も使用人ももはや誰も文句を言わなかった。
二世はすでに自分の指導の枠を超えていると悟っており、
父バードは相変わらず教育に関心がなかった。

家出とアッシュ二世73歳の決意

高校(マリア女学院)に進学したVVは、同級生と共に「幸福商会」を設立。
カフェ幸福1号店や幸福食堂の開業、
さらには幸福路のインフラ整備まで主導し始めた。

二世がVVの活動に関心を寄せるのとは反対に、1928年の冬、
VVは、二世・バード・カーフェイとの経営方針をめぐる対立をきっかけに、MGを連れてついに家を出た。
もっとも、VVが家にいないのはいつものことだったため、
家族が本格的な「家出」だと気づいたのは随分と後のことである。

VVが去った後、二世は息子バードへの継承を飛び越え、
十代半ばのカーフェイに直接当主の座を譲った。
若い頃から自由に憧れながらも、当主として家に縛られ続けてきた二世(73歳)。
縦横無尽に世界を駆け回る孫娘の姿に背中を押され、
「これからは自分が自由になる番だ」と決意したのだった。

その後――「カフェ幸福1号店」の片隅で、
コーヒーを片手に「ふむ、何か事件の匂いがするぞ」と
目を輝かせながら情報を探る、元気な老紳士(アッシュ二世)の姿が
頻繁に目撃されるようになったという。

【2026-08-11/260406-4】