上海の治安は、表向きには租界警察が担い、裏側では秘密結社・青幇(チンパン)が実質的な支配力を持つという二重構造によって成り立っていた。
この二つの勢力は対立と協力を繰り返しながら、1920年代の上海社会を形づくる重要な要素となった。
■ 租界警察 ― “表の治安機構”
租界警察は、上海の共同租界およびフランス租界における公式の治安維持組織である。その特徴は以下の通りである。
●多国籍・多層構造の行政
・共同租界警察(SMP): イギリス人が幹部層を主導。中間管理職・現場警備にはシーク教徒警官(インド系)や日本人警官が多く配置され、最下層の巡査を中国人が担う多層構造であった。
・フランス租界警察: フランス人が幹部を占める一方、後述の通り青幇幹部を警察組織に直接取り込むなど独自のアプローチをとった。
●高度な装備と訓練
・近代的な武器・通信設備を備え、アジアでも屈指の治安維持能力を持った。
●“法の番人”と複雑な司法体制
・租界内は中国法が及ばず、租界警察が独自の警察権を行使した。裁判も領事裁判権や治外法権下の折衷裁判所(会審公堂など)を通じて行われる特異な法体系であった。
●行政の限界
・租界警察は治外法権の及ぶ租界内しか管轄できず、境界線の外側(華界=中国政府管轄区)や、租界内の巨大な中国人コミュニティの深部には介入しにくい限界を抱えていた。
■ 青幇(Qing Bang) ― “裏の治安機構”
青幇は、清代の大運河における水運労働者(漕運水夫)の互助組織を起源とし、近代上海の発展に伴って巨大化した裏社会組織(秘密結社)である。1920年代には上海最大の勢力として君臨した。
●港湾・運送・賭博・アヘンの完全掌握
・地方から上海に流入する労働者の斡旋や港湾物流を支配し、庶民生活の根底に食い込んでいた。
●警察以上の情報網
・市内のあらゆる商店・工場・花街・港湾に構成員や協力者が存在し、街の隅々まで張り巡らされた情報網は公式警察を凌駕していた。
●“裏の秩序”の調停者
・租界警察が手を出せない中国人同士の揉め事や裏社会のトラブルに対し、暴力と独自の権威をもって調停し、非公式な秩序を維持した。
●政治勢力・権力との結合
・杜月笙(と・げつしょう)や黄金栄(こう・きんえい)らの首領は国民党右派と密接に結びつき、1927年の「上海クーデター(四・一二事件)」では蒋介石の手先となって共産党員や労働運動を武力弾圧した。
■ 二つの治安機構の関係性
青幇と租界警察の関係は単なる「警察vs犯罪組織」ではなく、租界の性質によって異なる複雑な協力・依存関係にあった。
●フランス租界との「完全な癒着」
・青幇の大首領・黄金栄はフランス租界捜査課のトップ(中国人巡捕長)でもあった。フランス当局はアヘン密売や賭博から得られる莫大な利権(保護料・税収)を黙認・共有し、租界財政の源泉としていた。
●共同租界との「利用と牽制」
・規律と法秩序を重んじる共同租界警察は、青幇のアヘン密売や過度な暴力行為を摘発・牽制しつつも、重大犯罪の捜査や犯人逮捕においては青幇の情報網に依存していた。
●労働運動に対する「利害の一致」
・外国公館・資本家・租界当局のいずれもストライキや共産主義運動を激しく警戒していた。そのため、青幇を「スト破り」や「裏の暴力装置」として重用することで治安を維持しようとし、利害が完全に一致していた。
■ 歴史的意義
青幇と租界警察の二重構造は、1920年代上海の特異性を如実に象徴している。
・外国勢力が支配する“法の島”としての租界
・中国人社会の自衛と利権から生まれた秘密結社
・公的機関と非公的組織の共存による都市統治
この二重構造が存在したからこそ、上海は「アジア最大の摩天楼・魔都」として繁栄を極めたと同時に、表裏の権力・政治・社会運動が渦巻く極めてスリリングな社会情勢を生み出すこととなった。