1929年、上海。
VV(薇薇)とMG(マリゴールド)が営む「幸福商会」の運営が軌道に乗った頃、ふたりは気の利く子供たちを選び、「カフェ幸福1号店」や「幸福食堂」で働いてもらっていた。
中には「子供を働かせて……」と批判する者もいたが、子供であっても働かなければ生きていけない時代である。
近所の大人たちは「幸福商会や紅烈運送店が子供を搾取しているわけではない」と深く理解してくれていた。
ある日、貧民街に住む紅烈が相談を持ちかけてきた。彼は紅江区や華界の子供たちの面倒を見ており、自身も運送業などで子供たちを雇っていたのだが、知的障がいのある13歳の少年・阿福(アーフー)に任せられる仕事がなく困っていたのだ。(阿福は以前、VVがフランス租界で助けた少年だ。)
「障がいのある子が働ける場所はないだろうか」
それを聞いた幸福食堂の阿栗が「障がい者が働ける洗濯工場があるよ」と教えてくれた。そこは幸福商会でもクリーニングを依頼している工場だった。
VVとMGは「ちょっと見に行ってみようか」と、阿福を連れて見学に向かった。
繁華街から離れた場所にあるその洗濯工場に着くと、確かに大勢の障がいを持つ子供たちが働いていた。しかし、その作業は傍目にはかなり厳しそうに見えた。
足の悪い子が重い荷物を運び、片腕の不自由な子が洗濯物をたたみ、知的障がいのある子が洗濯物を干している。
この洗濯工場では大型水洗いとドライクリーニング(干洗)の両方が行われていたが、VV達が見たのは、水洗いをした洗濯物を屋外で干しているところだ。
通りかかった大人が「障がい者を酷使しているんじゃないのか?」と噂しているのが聞こえた。
また、遠くから工場を覗き込みながらメモを取る若い男の姿もあった。
VVとMGから見ても仕事はきつそうに思えたが、当の阿福は興味津々だ。
阿福「ぼくにもできるかも!」
VV「仕事はきついようだけど、みんな嬉々としてやってるね……」
MG「こんなにいっぱいの子供たちが働いているなんて」
ふたりが入り口から中を覗いていると、洗濯工場の社長が気づいて声をかけてきた。
社長「こいつらは働ける場所があるだけで幸せなんだ。文句を言うのは贅沢なんだよ」
阿福が「ここで働きたい!」と目を輝かせると、社長は破顔した。
社長「働くか? 給料は安いぞ。よし、雇ってやる!」
阿福が洗濯工場で働き始めて数日後、カフェ幸福1号店で新聞を読んでいたMGが「ねえ、この記事を見て」とVVに『紅江日報』を見せた。
そこには「障がい者を搾取している悪徳洗濯業者」と大きく書かれていた。
VV「確かに仕事はきつそうだったけど、こういう書き方はどうなのかね……」
数日後、ふたりが改めて洗濯工場を訪れると、工場は稼働していなかった。
悪評のせいで売上が激減し、働く子供たちの収入が途絶えてしまったのだ。
社長「全く、世の中の連中はやることがあべこべだ。これじゃ仕事のない子供たちが一番困るじゃないか」
見かねたVVとMGは幸福食堂の料理を持ち込んだが、それも一時しのぎに過ぎない。
その時、VVとMGは工場の裏手に古い宿舎があることに気づいた。
中に入ると、工場で働いている子供たちよりもさらに障がいの重い人たちが、内職をしていたり床に伏せっていたりしていた。
VV「この人たちは……」
社長「働ける奴は働けばいい。働けない奴は可哀想だ。だがな、造花一本でも作ることができたら、封筒の糊付けでもできたら、例えわずかな賃金でも価値があるんじゃないか? それでうまいものの一つでも食うことができたらな」
社長は障がい者の雇用だけでなく、重度の障がい者の介護まで個人で引き受けていたのだ。
社長「俺の息子は足に障がいがあってな、外では働けなかった。その子のために始めた工場なんだ」
VV「息子さんはどちらに?」
社長「施設のほうで、足が悪いながらに高齢者を介護しているよ。あそこで働いている若いのが俺の息子だ」
社長は自慢げに笑った。
真相を知ったVVとMGは、記事を掲載した紅江日報社へ乗り込んだ。
事務所の中では、先日工場を覗き込んでいた若い記者がデスクで書き物をしていた。
VV「あなたね。この前の洗濯工場の記事を書いたのは」
若い記者「す、すいません! 私の本意ではなかったのですが、社主が『何でもいいから話題を作れ』と持ち込んできた案件だったんです」
VV「すぐに訂正記事を書きなさい!」
若い記者「私の立場ではとてもできません……」
MG「社主はどこにいるの?」

社主「何だ、うるさいな」
奥から出てきた社主に、MGが冷ややかな視線を向ける。
MG「あなたがこの記事を書かせたのね」
社主「嘘は書いていない。予想通り話題になったよ」
VV「嘘同然でしょう! 記事を撤回して訂正を出しなさい!」
社主「とんでもない。もっと叩いて売り上げを伸ばそうと思っていたところだ」
VV「何ですって……。いいわ、こうなったら私たちのやり方で叩きのめしてやる!」
若い記者「ひいっ! VVさん、まさかいつもの手荒な方法で!?」
MG「記者さんはVVを知っているのね」
VV「Non! 今回はいつもと違うやり方でやってやるわ。見ていなさい!」
鼻息荒く立ち去るVVと、微笑を浮かべたまま静かに出ていくMG。
社主「フン、女学生ふぜいが」
若い記者「どうしよう……どうなっちゃうんだ……」
VVは洗濯工場へ戻り、社長に提案した。
VV「この人たちの本当の暮らしを、みんなに知ってもらいましょう」
社長「なんだって? でも、あいつらは引っ込み思案だし……」
MG「映画に出たくない子に強制はしないわ。でも、協力してくれる子たちでやってみましょう! 映画のスタッフならもう揃っているから(プライバシーにはしっかり配慮するわね)」
後日、映画のシナリオを読んだヒービーは真っ先に言った。
ヒービー「これ、VVさんとMGさんが主役でいいんじゃないですか?」
VV「なに言ってるのよ、ヒービーが主役だからいいのよ」
MG「そうよ、私たちが主役をやったら、子供を搾取する悪徳女主人になっちゃうじゃない」
こうしてVVとMGがシナリオを手がけたドキュメンタリー映画『洗濯工場に天使が舞い降りた』が制作された。
大々的なロードショーとはいかなかったが、主演のヒービー目当てに訪れたコアなファンから評判が広がり、口コミで社会へと浸透していった。
試写を見終えたヒービーがぽつりと言った。
ヒービー「『洗濯工場の天使』は私じゃなくて、この子供たちですね」
映画を通して真実を知った人々の中から多くの理解者が現れ、「ボランティア」として施設を訪れる人が出始めた。かわいそうだから手を差し伸べるのではなく、共に働く仲間として――。
社長「俺も知恵を絞ったつもりだったが、お嬢ちゃんたちには負けたよ。こんな解決方法があるとは夢にも思わなかった」
VV「これから、もっと色んな人を巻き込んでいく方法を考えたいわね」
MG「また更に忙しくなりそうね。楽しいからいいけれど。ふふふ」
後日談。
MG「今回の件でね、私、小さな新聞社を一つ買おうと思うの」
VV「そうだね。マスコミの力は大きいけれど、正しく使わないといけないって分かったもんね。……あ、でも私、いま投資にお金を回しちゃってて手持ちがないよ?」
MG「そのくらいの蓄えなら私にもあるわよ」
VV「頼もしい! で、どこの新聞社を買うの?」
MG「紅江日報社よ。もちろん名前は変えるけれど」
翌日、MGは株主たちを従えて紅江日報社を訪れた。
社主「何ですって!? 社主交代!?」
大株主「そうだ。新社長のMGさんだ」
MG「私が御社の株式の50%超を取得いたしました」
社主「貴様は先日の……!」
大株主「君はMGさんを知らなかったのか? 売上を伸ばすために、とんでもない敵を作ってしまったようだな」
社主はその場に愕然と膝をついた。
事務所にいた記者たちは大歓声を上げた。
「MG社長! 僕、真面目な記事を書きます!」
翌日から記者たちは、カフェ幸福1号店でMGから指示を受けながら街へ飛び出し、新たな新聞の編集と発行に向けて活気良く走り回った。
数日後。新しく刊行された創刊号を手に取ったカーフェイが、深々とため息をついた。
カーフェイ「あいつら……」
紙面の一番上には、誇らしげにこう題されていた。
『幸福新聞(Happy News)』
カーフェイ「……センスがなさすぎるだろ。『Happy News』じゃ、ただの『良い知らせ』じゃないか」
【2026-09-06/260425-2】
☜第30話 白瓊(バイチョン)と歌瑛(ガイン)
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