第42話 奇跡6 革靴の奇跡

上海では、19世紀後半から、西洋式の靴職人(上海職人)が租界地で外国人向けに本格的な西洋靴を製造していた。
上海の革靴づくりは、職人の緻密な手縫い技術で知られ、特に「上海靴職人」の技術は中国全土で高級靴の代名詞となっていた。
20世紀初頭(1900年代〜1930年代)の上海では、近代的な靴工場が増え、手作業の高級靴と機械生産の量産靴の二極化が進んでいた。

1929年の上海・紅江区。
陳伯福(チェン・ボーフー)は44歳。紅江区で靴工房を開いていた。伯福の革靴はオーダーメイドのみで、全て手作業で作り上げる。
その技術は伯福が幼い頃、港近くの工房を持っていた年老いたイタリア人に弟子入りして学んだものだ。
伯福は、今でもその老人から教わった通りに、丁寧な手作業で革靴を作り続けていた。

イタリア靴の多くは、底縫いを内側で処理するマッケイ製法。
ソールの返りが良く、柔らかく履きやすい。またコバ(靴のフチ)を削ぎ落としたエレガントで流麗なシルエットが美しいのが特徴。
イタリアの革靴の素材は、古くからトスカーナ地方の高品質なレザーが有名で、職人が手作業で仕立てる素材そのものの美しさと作りの良さが自慢だ。

しかし、頑丈なアメリカ靴の人気は根強く、最近は量産化された靴も増えて、伯福のイタリア式の高い靴はあまり売れていなかった。

伯福「イタリア式の靴はおしゃれなのに、なかなか良さが伝わらない。最近は量産の靴も増えたし、一足一足手で作る時代じゃないのかな。でも、いい加減な仕事はしたくない。商売も厳しいし、店をたたんでゆっくり別の仕事でも探すのも良いかもしれないな」

ある日、伯福の工房に、古いパンプスを持った一人の少女が訪れる。
「このパンプス、修理できますか?」
伯福「これはいい革靴ですね。全部手作業で作ってあります。アメリカの靴かな。大切に履きましたね」
少女「もう寿命みたいで…。それでも恋人にもらった大切な靴なので、直せるものなら直して履きたいと思って…」

伯福「そうですか。この靴は長年履き込まれて革が痛んでいますね。これを無理に直してまた履くと、近いうちに完全にダメになってしまうかもしれません。それなら、この靴は糸のほつれを縫い直し、型を整えてきれいに磨いて思い出として大切に取っておくのはどうでしょう。そして、あなたの足をしっかり採寸して、これと全く同じデザインで新品を一足作るんです。これなら思い出の靴も残せますし、新しい靴でまた街を歩けますよ」

少女「本当ですか?じゃあ、今の靴のお手入れと、全く同じ新品を作るのを両方お願いします。新しい靴を履くことにして、古い靴は記念に取っておくことにします」
伯福「承りました。…それと、この靴、履いた時に親指の付け根がちょっと痛かったでしょう」
少女「そんなこともわかるんですか?」
伯福「分かりますよ。新しい靴は、そこへ少し余裕を持たせるように作りますね」
少女「ありがとうございます」
伯福「あなたの恋人が、あなたが新しい靴を履いているのを見たら、きっと喜ぶでしょう」
少女「彼は、目が見えないんですけど、きっと足音で分かると思います」
伯福「へえ、すごい耳ですね」
少女「ふふ」

伯福は顔を上げてその少女の顔をみて、
「靴をお預かりするので、あなたのお名前を聞いてもいいですか?」
少女「VV(薇薇)と言います」

しばらくしてから、カフェ幸福1号店で、MGがVVが履いている靴を見て、
MG「あのぼろぼろのパンプスが直ったの?」と聞いた。
VV「ううん。新しく作ってもらったの。ちょっと高かったけど、『新品』なんだ。古い方は綺麗に磨いてもらって、記念にとってあるの」
MG「いいな、私も作ってもらおうかな」
ナディア「私、お願いしたい靴が30足くらいあるわ」
マナ「直してもらいたいと思えるような靴を持っている人は、意外に多いかもしれませんよ」
VV「靴磨きの子供たちに注文を取ってもらうようにしようか。『伯福さんに紹介すればお小遣いになるよ』って」

その後、陳伯福の工房には急に仕事が舞い込むようになった。
伯福「最近仕事が増えて、休む暇がなくなった…。雑な仕事はしたくないし、困った困った」

【2026-10-10/260506-1,260606(3)】

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