1929年の上海。
マリア・ロドリゲス(31歳)は、フィリピン系の女性料理人である。当時、西洋料理の厨房に女性が立つことは珍しく、「大衆食堂がお似合いだよ」と周囲から心ない言葉を浴びせられることも多かった。
出身地のフィリピンではスペイン系料理が主流だったが、マリアの父はフランス系のフレンチシェフだった。その父の影響を受け、マリアもまた本格的なフランス料理のシェフを志していたのだ。

マリアはあるホテルのメインレストランに勤めていたが、1929年に発生した世界恐慌の煽りを受け、ホテルの経営が急激に悪化。人員削減のため、真っ先に白羽の矢が立ってしまう。
「私も心苦しいんだが……マリア、君に辞めてもらおう」
ホテルのオーナーは申し訳なさそうに告げた。
給料と僅かな手当を受け取ったマリアは、あてもなく街中をさまよった。
ふと気がつくと幸福路に差し掛かっており、一軒の食堂の前に立っていた。
(お腹もすいたし、何でもいいから食べさせてもらおう……)
店内に入ると、大勢の客で賑わっていた。なかでも、小柄な男ととてつもなく大柄な男が並んで料理を食べている姿が目を引く。
店員の阿栗がやってきて「何にしますか?」と声をかけた。
マリアは壁のメニューを見上げ、「へえ、洋食もあるんだ。私、あのカツレツをお願いします」と注文した。
運ばれてきたカツレツを口に運んだ瞬間、マリアの目から思わず涙がこぼれ落ちた。
「……おいしい」
隣にいた小柄な男が微笑みかける。
「うまいだろう。腹が空いたときは腹一杯食いたいものだが、ただ腹を持たせるだけじゃない。心にまで染みるんだよな、うまいものは」
小柄な男(チンパン)は、マリアの様子から何かを察したようだった。
阿栗が笑う。「チンパン、詩人になったねぇ」
「阿栗、うるさいな。俺だってたまには真面目でいいことを言いたいんだよ」
隣の大柄な男(王孔)は無言のまま、黙々と頷いている。
その時、店の奥から目鼻立ちの整った少女(VV・薇薇)が現れ、マリアをじっと見つめた。
ふと「おや?」という表情を浮かべ、二人の目が合う。
VV「あなた、料理人でしょう。しかも、かなりの腕の持ち主だわ」
マリア「えっ……なんで分かったんですか?」
すると奥からもう一人の美少女(MG・マリゴールド)が出てきて呆れたように言った。
MG「うそうそ、カマをかけただけよ。VVに分かるわけないじゃない」
VV「MG〜、ひどいな! 私は人を見る目があるんだっていつも言ってるでしょう?」
MG「はいはい」
VV「じゃあ、本当に料理が上手いかどうか、ここで作ってみせてよ。ね、いいでしょう? あなたの今日のランチ代はタダにするからさ!」
マリア「私、さっきクビになったばかりで……私なんかで良ければ……」
VV「『私なんか』じゃないよ! 自信を持って。ところで、お名前は?」
マリア「マリアです」

マリアは幸福食堂の厨房を借り、小一時間かけて料理を仕立て上げた。
やがて厨房から芳醇な香りが漂い出し、店の客たちも鼻をひくひくさせる。
MG「すごい……同じ材料なのに、絶品ソースの香りといい、すっかりフランス料理になってる」
VV「ふふん、私の目に狂いはなかったでしょう!」
チンパン「とにかく、文句なしにうまいな」
王孔「……うむ」
MG「でも……幸福食堂の路線とはちょっと違うわね。惜しいなぁ。うちにはうちの『大衆的な幸福の味』があるから」
VV「だよね」
マリア「(落胆して)ですよね……」
VV「だから――マリアさんさえ良ければ、うちで『幸福レストラン』を作ろうか!」
MG「(即座に乗り気で)だよね!」
マリア「ですよね……えっ!?」
VV「場所は聖心路あたりが良いかな。おしゃれな雰囲気にしたいし。よし、今から候補地を探しに行こう!」
マリア「え? は?」
MG「VV、ちょっと待って。普通の人はあなたのスピード感についていけないんだから」
VV「そっか! じゃあ、30分後に出発しよう。カフェ(幸福1号店)でお茶でも飲みながら自己紹介ね。MG、行くよ! 幸福食堂の方はみんな、あとよろしく!」
VVは困惑するマリアとMGの手を引っ張り、勢いよく店を飛び出していった。
チンパン「……ふっ、また行く店が増えちまったな」
阿栗「もちろん私を連れていってくれるんだろ?」
チンパン「お前の子どもも、小安・小禾も一緒ならな」
阿栗「約束だよ!」と言って奥へ引っこむ。
王孔も満足そうに目を細めて笑っていた。
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