史実としての上海(20世紀初頭)と、kisono1930の舞台としての上海
■ 多言語表記
日本語: 上海(しゃんはい / じょうかい)
*「じょうかい」は当時の漢音・歴史的仮名遣い。現代は「しゃんはい」
繁体字中国語: 上海
簡体字中国語: 上海
英語: Shanghai
IPA(標準中国語/普通話): /ʂâŋ.xài/
ピンイン(標準中国語発音): Shànghǎi
上海語(現地の言葉): Zånhae / Zaonhe(シャンヘーに近い音)
IPA(上海語): /zɑ̃.hɛ/ または /zã.he/
史実としての上海(20世紀初頭)

20世紀初頭の上海は、「租界都市の成熟」と「中国近代の震源地」が同時に進行した特異な大都市である。
東洋と西洋、支配と抵抗、富裕と貧困が同じ街路に同居し、世界でも類例のない都市構造を形成した。
一市三制度:共同租界・フランス租界・華界
上海は1843年の開港後、
・共同租界(英米中心。後に日本も影響力を拡大)
・フランス租界
・華界(中国人居住区)
という三つの行政制度が並立する都市となった。
租界は早くから工部局・公董局による近代的都市管理を整備した一方、華界の行政近代化は遅れ、1905年の「上海城廂内外総工程局」設立以降にようやく市政が整い始めた。この行政の非対称性が、上海の都市構造の根本的特徴となった。
経済発展と都市社会の膨張
上海は国際貿易の中心として急成長し、
・綿紡績などの軽工業
・銀行・銭荘による金融
・海運・倉庫業
が発展した。
中国人商工業者「紳商」が台頭し、華界の市政にも参加するようになる。江北からの大量移民により都市社会は急速に膨張した。
租界の近代都市化
1900〜1910年代、租界はインフラ整備を進め、
・電灯・上下水道
・トラム
・近代的な道路網
・警察・消防組織
を整備し、アジアでも屈指の近代都市となった。
共同租界は国際色が強く、フランス租界は文化・娯楽の中心として発展した。
この時期、上海は「魔都」と呼ばれるほど、華やかさと闇が混在する都市として世界的に知られるようになる。
都市ナショナリズムの形成
教育水準の向上と新聞の普及により、若い知識人や新興商工業者が政治意識を高め、
・租界の外国人支配への反発
・中国近代化への期待
が都市社会に広がった。
新聞は都市ナショナリズムの形成に大きな役割を果たし、
「租界の外国人支配への反発」
「中国の近代化への期待」
が社会意識として広がった。
1920年代:政治的緊張と社会運動の高まり
1920年代の上海は、国内外の政治的緊張が集中する舞台となった。
● 五・三〇事件(1925年)
租界警察による中国人労働者射殺事件を契機に、反帝国主義運動が爆発的に拡大した。
● 上海クーデター(四・一二事件)(1927年)
蒋介石が共産党勢力を武力排除し、国共合作は崩壊。
同年、上海特別市政府が設置され、市長・黄郛(こうふ)のもとで華界の行政近代化が進んだが、中央政府の干渉や資本家勢力との対立により行政の独立性は弱かった。

1927〜1930年:新市政の模索
上海特別市政府は財政・公安・衛生・教育・港務・農工商などの局を設置し都市管理の近代化を図った。
社会局(潘公展)は貧困対策・労働問題・慈善事業の統合を進めたが、租界との権限調整や中央の介入で改革はしばしば停滞した。
1930年頃の上海
1930年の上海は、
・人口数百万の巨大都市
・世界的金融・貿易拠点
・列強支配と中国人自治が混在する政治空間
・ナショナリズムの中心地
・文学・映画・ジャズ文化の発信地
として、東アジアで最も複雑でダイナミックな都市となっていた。
租界ごとの特徴(1900〜1930)
共同租界・フランス租界・華界の三重構造
上海の都市構造を理解するうえで、租界ごとの特徴を把握することは不可欠である。
1900〜1930年の上海は、「一都市三制度」が完全に成立し、それぞれが独自の行政・警察・文化・社会構造を持っていた。
■共同租界(International Settlement)
英米主導の国際自治都市。上海の“心臓部”。
共同租界は、イギリスとアメリカを中心とした多国籍自治区域である。
工部局(Shanghai Municipal Council)が行政を担い、租界の都市機能はアジアでも最先端であった。
行政
工部局は外国人納税者による自治組織で、中国政府の干渉をほぼ受けなかった。
中国人は納税額に応じて限定的に参加できたが、実質的な権限は外国人が握った。
都市計画・衛生・交通・消防などの近代的行政を整備し、上海の中心市街地を形成した。
警察
上海公共租界警察(SMP)が治安を担当。
英国人警官が上層部を占め、インド系・中国系警官が多数を構成した。
情報網が発達し、スパイ活動や秘密結社の監視にも長けていた。
経済・社会
バンド(外灘)に銀行・商社・保険会社が集中し、東アジア最大の金融街となった。
トラム・電灯・上下水道などインフラが整備され、都市生活の中心となった。
娯楽・新聞・映画館が発達し、国際都市としての文化的多様性が際立った。
特徴
共同租界は、上海の「近代化の象徴」であり、
政治的には外国の自治都市、経済的には中国最大の商業中心地
という二面性を持っていた。
■フランス租界(French Concession)
文化・娯楽・秘密警察の都市。共同租界とは異なる“フランス流”の支配。
フランス租界は、フランスが単独で統治する区域であり、共同租界とは行政文化が大きく異なった。
●行政
公董局(French Municipal Council)が運営し、フランス人の権限が強かった。
ナポレオン法典の影響が濃く、法制度は共同租界よりも中央集権的であった。
都市計画は緑地と街路の美観を重視し、欧風の街並みが形成された。
●警察
フランス租界警察は強権的で、秘密警察的な役割も担った。
共産党員・革命家の監視に積極的で、しばしば中国側と衝突した。
治安維持のための情報活動が発達し、政治的緊張が高い区域でもあった。
●経済・社会
カフェ・ダンスホール・キャバレー・映画館が多く、上海の娯楽文化の中心地となった。
フランス人だけでなく、ロシア人亡命者が多数居住し、独特の文化的混合が生まれた。
高級住宅街(アベニュー・ジョフルなど)が形成され、欧風の生活様式が広まった。
●特徴
フランス租界は、華やかさと政治的緊張が同居する“文化都市”
であり、共同租界とは異なる雰囲気を持っていた。
■華界(中国管轄区域)
中国政府の都市。近代化と混乱が併存する巨大居住区。
華界は中国政府の管轄区域であり、租界に囲まれながらも独自の都市社会を形成していた。
●行政
清末〜民国期を通じて行政改革が進み、1900年代後半に近代的市政が整備された。
1927年の国民党による上海掌握後、上海特別市政府が設置され、行政の近代化が加速した。
ただし財政基盤は弱く、租界との権限調整に悩まされた。
●警察
中国警察が治安を担当したが、装備・訓練は租界警察に劣った。
秘密結社(青幇など)が強い影響力を持ち、治安は不安定であった。
国民党政権は警察改革を進めたが、租界との境界では権限が制限された。
●経済・社会
伝統的商業街(南京路・四川路など)が発展し、中国人商工業者が台頭した。
大量の移民労働者が流入し、貧困地区が拡大した。
新聞・出版・教育が発達し、都市ナショナリズムの中心地となった。
●特徴
華界は、中国人社会の近代化と都市問題が最も濃縮された区域
であり、政治運動・労働争議・文化活動の舞台となった。
三つの区域が生んだ「上海という都市」
1900〜1930年の上海は、
・共同租界=経済と国際政治の中心
・フランス租界=文化と娯楽の中心
・華界=中国人社会とナショナリズムの中心
という三つの都市が重なり合うことで、世界でも類例のない都市構造を形成した。
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kisono1930の舞台としての上海
“魔都”と呼ばれた世界都市

1930年の上海は、アジアでもっとも眩しく、もっとも混沌とした大都市。 大通りには近代的なビルが立ち並び、道路には自動車、トラム、人力車が入り乱れ、昼夜を問わず人の波が絶えない。
西洋と東洋、富裕と貧困、華やかさと闇――そのすべてが同じ街路に同居していた。
各国の軍隊がにらみ合う“世界の前線”
フランス租界には豪華な邸宅やサロンから、夜の世界で生きる亡命者たちのコミュニティまでが複雑に交錯していた。
世界中の貴族が流れ込んだ“亡命者の都”
上海は政治的・社会的に追われた者たちの“最後の避難港”。
・白系ロシア人(革命後に逃れてきた将校、元貴族、文化人、難民など約2万人)
・清朝皇族・旧高官
・欧州の没落政治家・亡命者
フランス租界には豪華な邸宅やサロンから、夜の世界で生きる亡命者たちのコミュニティまでが複雑に交錯していた。
スパイ・革命家・秘密結社が潜む“火薬庫”
上海は世界最大級のスパイ都市であり、各国の諜報部員、政治革命家、秘密結社(青幇など)、亡命政権の人間が同じ街に潜伏していた。
キリスト教布教と近代化の拠点
宣教師たちは出版・教育・医学を通じて近代知識をもたらし、上海はアジア最大の出版都市・教育都市となった。
■上海1930(kisono1930)物語における意味
列強の軍隊がにらみ合い、亡命者が逃げ込み、革命家とスパイが潜伏し、秘密結社が街の裏を支配し、宣教師が西洋の知識を広めた――
世界で最も複雑で、最も危険で、最も魅力的な都市。
それが、物語の舞台となる1930年の上海である。