1900年〜1930年のラテンアメリカ(中南米)は、一見すると「輸出による経済的繁栄」に沸きながら、その裏側で「革命の連鎖」と「アメリカの急速な影響力拡大」に揺れ動いた激動の時代である。
19世紀後半の「光と影」
1820年代までに多くの国がスペインやポルトガルから独立したものの、中南米では軍事的指導者(カウディーリョ)による権力争いが続き、政治的混乱が長く続いた。
しかし19世紀末になると、ようやく政治が安定し始め、特定の農産物や鉱物を大量輸出する「一次産品モノカルチャー経済」が確立する。
光: 欧米の産業革命に伴い、アルゼンチンの牛肉・小麦、ブラジルのコーヒー、チリの硝石や銅などの輸出が急増し、莫大な富が生まれた。
影: 富は大土地所有者(エリート)に集中し、庶民や先住民は貧困のままであった。また、鉄道・港湾などのインフラはイギリス資本に依存し、経済構造は外国資本に握られる形で固定化された。
1900〜1930年の歴史:3つの大潮流
この時代の中南米は、主に以下の3つの流れで説明できる。
・アメリカの進出とカリブ海支配
・メキシコ革命(1910〜1920年)
・南米の黄金期の終わりと1930年の大転換
1.アメリカの「棍棒外交」とカリブ海支配
20世紀に入ると、これまで中南米に強い影響力を持っていたイギリスに代わり、アメリカ合衆国が地域への介入を本格化させた。
セオドア・ルーズベルト大統領は、必要とあれば軍事力(棍棒)を用いるという「棍棒外交」を掲げ、カリブ海地域を事実上アメリカの勢力圏として扱った。
パナマ独立と運河建設(1903〜1914年)
アメリカはコロンビアからパナマを分離独立させ、見返りとして「パナマ運河」の永久租借権を獲得した。運河は1914年に開通し、アメリカは世界海運の要衝を掌握した。
バナナ・リパブリックの形成
中米諸国(ホンジュラス、グアテマラなど)では、アメリカのユナイテッド・フルーツ社が巨大なバナナ農園を支配し、現地政治にまで影響力を及ぼした。
この構造は後に「バナナ・リパブリック」と呼ばれるようになる。
メキシコ革命(1910〜1920年)
20世紀最初の本格的な社会革命がメキシコで勃発した。
30年以上続いたポルフィリオ・ディアス独裁政権は外国資本を優遇し、農民から土地を奪っていたため、農民・労働者・知識人が「土地を民衆へ返せ」と立ち上がった。
南部のエミリアーノ・サパタ、北部のパンチョ・ビリャなどの指導者が台頭し、国は激しい内戦状態となった。
1917年には、土地改革、労働者の権利、信教の自由、地下資源の国家主権などを定めた革新的な1917年憲法が制定され、1920年頃に国家の枠組みが安定した。この革命は、他の中南米諸国のナショナリズムに大きな影響を与えた。
3.南米の「黄金期」の終わりと1930年の大転換
アルゼンチンやブラジルなど南米の大国は、第一次世界大戦前後にヨーロッパへの食料・資源輸出で歴史的な繁栄を迎えた。
特にアルゼンチンは世界でも有数の豊かな国とみなされ、首都ブエノスアイレスは「南米のパリ」と呼ばれた。
しかし、この「外国に資源を売り、工業製品を買う」という依存構造は、1929年の世界大恐慌によって崩壊する。
経済の麻痺: 欧米が資源を買わなくなり、中南米の輸出経済は急速に破綻した。
クーデターの連鎖(1930年): 経済危機への不満が政権に向かい、アルゼンチン、ブラジル、ペルーなどで軍事クーデターが相次いだ。
1930年以降への影響
1900〜1930年の中南米は、「外国依存型の輸出経済が限界を迎え、自立を模索し始めた時代」である。
1930年代以降、中南米諸国は「輸入代替工業化(ISI)」と呼ばれる政策を採用し、外国製品への依存を減らし、自国で工業製品を生産する方向へ舵を切った。
同時に、労働者や庶民の支持を集める「ポピュリズム政治家」(ブラジルのジェトゥリオ・ヴァルガス、アルゼンチンのフアン・ペロンなど)が台頭し、20世紀中盤の政治構造を形作っていくことになる。