1900〜1930年のオセアニアは、「自治領としての国家形成」と「第一次世界大戦への本格的な参戦」、そして「太平洋の島々の再編」という三つの大きな潮流に揺れた時代である。
国家の誕生:オーストラリアとニュージーランドの自治領化
オーストラリア連邦の成立(1901年)
1901年1月1日、6つの英領植民地が統合され「オーストラリア連邦」が成立した。イギリス帝国の自治領(ドミニオン)として高い自治権を持つ国家として出発した。
白豪主義の法制化
同年に制定された「移民制限法(1901年)」は、非白人移民を排除する政策であり、のちに「白豪主義」と呼ばれる差別的制度の基盤となった。これは20世紀後半まで続き、社会に長い影を落とした。
ニュージーランドの自治領昇格(1907年)
ニュージーランドはオーストラリア連邦への参加を検討したが、独自路線を選択し、1907年に自治領へ昇格した。事実上の独立国家としての歩みがここから始まる。
先駆的な社会改革
ニュージーランドは1893年に世界初の女性参政権を認めた国であり、20世紀初頭には老人年金制度や労働者保護など、早期の福祉国家モデルを形成していた。
第一次世界大戦(1914〜1918年)とANZACの悲劇
イギリス帝国の一員としての参戦
オーストラリアとニュージーランドはイギリス帝国の自治領であったため、1914年の第一次世界大戦に自動的に参戦した。
ANZAC(Australia and New Zealand Army Corps)
両国の兵士はANZACとして編成され、欧州戦線や中東戦線へ投入された。
ガリポリの戦い(1915年)
トルコのガリポリ半島への上陸作戦は失敗し、ANZACは甚大な損害を受けた。この悲劇は両国に「自国としてのアイデンティティ」を強く意識させる契機となり、現在でも4月25日の「アンザック・デー」は最大の追悼日となっている。
太平洋の島々の再編と日本の進出(1920年代)
大戦前の勢力図
1900年時点の太平洋諸島は、イギリス・フランス・ドイツ・アメリカなどが分割統治していた(例:サモアは独米で分割、タヒチは仏領)。
ドイツ領の没収と委任統治(1920年〜)
第一次世界大戦で敗れたドイツは太平洋植民地をすべて失い、国際連盟の委任統治領として再分配された。
旧ドイツ領⇒新しい統治国
赤道以北のミクロネシア(サイパン・パラオなど)⇒日本(南洋庁を設置)
ニューギニア島北東部⇒オーストラリア
西サモア⇒ニュージーランド
この再編により、日本の勢力圏が南下し、オーストラリアやアメリカとの緊張が徐々に高まる伏線が1920年代に形成された。
まとめ
1920年代後半、オーストラリアは新首都キャンベラ(1927年開庁)を整備するなど、形式的にもイギリスからの自立を強めていった。
しかし、1929年の世界恐慌は、羊毛・小麦など一次産品輸出に依存していたオーストラリアとニュージーランドの経済を直撃し、両国は大きな打撃を受けた状態で1930年代へ突入することになる。