ガン・ブルーは1920年、上海ブラックウェル家で起きた爆破事件で
VV(薇薇)を庇い、視力を失った。
その後、ニューヨークのブラックウェル本家に呼び戻される。
(当時はまだ「ガン・ブラック」と名乗っていた。)
しかし本家は彼を休ませることはなく、
視力を失ったガン・ブルーを米海軍諜報部の訓練に参加させた。
当時の米海軍では、ドイツ帰りの研究者が
「犬を諜報活動に利用する」という怪しい研究を秘密裏に進めていた。
ガン・ブルーに紹介されたのは、一匹の軍用犬だった。
しかしその犬は、すでに軍用犬としての能力をほとんど失っていた。
片目が見えない
片耳が聞こえない
匂いが分からない
声も出ない
シェパードのブルータスは、訓練中に手榴弾を咥えて走り、
訓練士を救った直後に爆発に巻き込まれた過去がある。
その傷で感覚の多くを失い、誰の指示にも従わなくなっていた。
しかし、ガン・ブルーに会った瞬間に態度が変わった。
ブルータスはガン・ブルーに付きまとい、
むしろ「ガン・ブルーを連れ回す」ように行動した。
ブルータスは組織に馴染まない。
だがガン・ブルーのことだけは“仲間”だと思っているようだった。
訓練を続けるうちに、ガン・ブルーは気づく。
真の暗闇では、自分がブルータスの前を歩いた方が速い。
ブルータスは、見えない目・聞こえない耳・分からない匂いを
ガン・ブルーの感覚で補おうとしているのではないか。
「こいつは俺を自分の補助犬にしようとしてるのか」
ブルータスは軍用犬としての役割を諦めていなかった。
自分の存在価値を、軍の任務の中に見出しているようだった。
ガン・ブルーは思う。
「犬は絶望しないんだな」
彼はブルータスから“絶望しない方法”を学んだ。
ガン・ブルーは射撃訓練も受けた。
目標に指差すように拳銃を構えることで、視力がなくても撃てる。
彼が選んだのは音の小さな麻酔銃だった。
片耳しか聞こえないブルータスの残された聴力を守るためだ。

こうして、もう戦えないと思っていたガン・ブルーを
ブルータスは「まだお前は戦える」と言うように前線へ連れ出した。
ガン・ブルーも「こいつと一緒なら、俺は走れる」と思う。
最終試験は「基地内のダミー計画書を持ち帰る」というものだった。
ガン・ブルーとブルータスは堂々と基地内を歩き回り、
指令室に入り込んで書類を探した。
極度の弱視のため、ガン・ブルーはルーペを眼に押し当てて判別する。
「これだけ厳重にしまってるんだから、大事なもんなんだろう」
そう思って持ち帰った書類は、ダミーではなく本物の機密情報だった。
試験官は驚愕する。
「誰も疑わなかったのか?!」
訓練を終えた二人の初任務は北京だった。
軍閥の基地内で機密を探す任務だったが、
ガン・ブルーは表紙の金文字の凹凸から文字を読み取る。
「計画図に金文字なんて打つなよ。暗闇でも指先で中身が分かるぞ」
二人は軍閥の施設内でも誰にも疑われず、堂々と歩き回り、
任務を次々とこなしていった。
いくつかの任務を成功させ、腕利きと認められた頃。
1927年にブラックウェル本家は代替わりして、財政が傾いていた。
そして、当主タウシュ・ブラックウェル5世からガン・ブルーに指令が届く。
「上海に行き、上海ブラックウェル(分家)を襲え」
ガン・ブルーは言う。
「坊っちゃんはバカだろう。自分の従弟と従妹を襲えとは。
しかし……上海のVVか。懐かしいな」
1928年の今、VVは16歳になっているはずだ。
ガン・ブルーは8年前の少女の姿を思い出しながら、
上海へ向かう準備を始めた。
【s00029】