1929年、ニューヨーク・ブラックウェル家の清算のために現地に残っていたカーフェイ(アッシュ4世)とマナは、手続きの間、書斎で朝から晩まで1ヶ月も手回し式計算機と格闘していた。
マナは、カーフェイが珈琲ばかり飲んでいることから、彼のことを「カーフェイ(咖啡)」と呼ぶようになった。
上海に戻った後、マナはアッシュ(カーフェイ)の上海ブラックウェル家での事業をサポートするようになる。
すでに祖父のアッシュ2世は引退してカーフェイに代を譲っているため、
現在の上海ブラックウェル家の当主はカーフェイである。
一方、バード(アッシュ3世=カーフェイとVVの父)は事業に携わることなく、VVの母である朱韺と仲良くニューヨークの高級アパートに住んでいた。
マナは上海に戻って以降、事業のサポートでカーフェイに会うため、
頻繁にブラックウェル家を訪れるようになった。
カーフェイの母マリアは、息子が当主となった後もブラックウェル家で家政婦として働いている。

マリアは、バードの正妻である朱韺の娘・VV(薇薇)のことをずっと“お嬢様”と呼んでおり、それはVVが家を出た後も変わらない。
そして、VVの友人であるマナに対してまで“マナお嬢様”と呼ぶため、訪問するたびにマナは困惑していた。
マナはマリアのことを、屋敷の家政婦としてではなく“カーフェイの母”として大切にしたいと思っている。
そしてある日、ブラックウェル家を訪れた際にマリアから“マナお嬢様”と呼ばれたマナは、彼女にこう言った。
「お母さま、私のことは“マナ”とお呼びください。その方がカーフェイも喜ぶと思います」
これは「緑のドア」事件で、マナがカーフェイからのプロポーズを受け入れた日の出来事であった。
【2026-08-02/260423-1(1)】