第40話 奇跡4 銀行家の奇跡

1929年上海。外灘(バンド)にある英国系銀行。
エドワード・ハリスは日々忙しく働いていた。
ハリスは36歳で、上海支店で小企業向けの貸出をしているマネージャーだが、地元企業の育成に力を入れ、融資とあわせ経営指導をすることにより上海の産業を盛り立てようとしていた。

1929年10月24日ニューヨークで株価が大暴落する大恐慌が起きた。ニューヨークでは破綻する銀行も多く、企業の経営も危機に瀕していた。上海にもその影響が押し寄せてくる。上海で中小企業の事業主たちの相談に応じるハリスは目が回るほど忙しい。

11月のある日、出勤してすぐにハリスは支店長に呼ばれる。
「ハリスさん、支店長がお呼びです。支店長室まで来てくれと」
会議以外で支店長から呼ばれるのは珍しい。
(しかも部屋に来いと?)

ハリスは支店長室でノックをする「ハリスです」
部屋に入ると支店長が厳しい顔で
「君、今靴は履いているか?」
ハリス「ご覧の通り、履いてます」
支店長「上着は?」
ハリス「着ています。」
支店長「財布は?」
ハリス「持ってます。」
支店長「よろしい。上出来だ。君はクビだ。そのまま外に向かって歩くんだ。今から事務室には戻るな。君の荷物は後で纏めて送ってやる」

ハリスはそのまま、自分の事務室に戻ることなく、歩いて外に向かった。
行員A「あれ、マネージャー、もうお出かけですか?」
ハリス「ああ」
行員A「いつ戻られますか?」
ハリス「もう戻らないよ」
行員A「??」

ハリスはふらふらと外を歩く。
トラムに乗り、家に向かったが、途中で気が重くなって下車した。
いつも通いなれた商店主が多くいる大通り“聖心路”。角を曲がれば“幸福路”がある。
ハリス(無意識にここに来てしまったのか)
ハリスはそのまま幸福路に入って行った。

ハリス(これまで地元のために経営指導やレクチャーをやったり、異業種交流やら、金利優遇やら、いろいろやって産業を盛り上げようとしてきたが、支店長には理解されなかったみたいだな。いや、単に人員整理をされただけか。うちの銀行も危ないのかも知れん)

ハリスは、幸福路を歩きながら、商店主や商売人とすれ違う度に
「やあ、ハリスさん。今度また、ビジネスで聞きたいことがあるんですが、聞きに行っても良いですか?」
ハリス「ええ、いいですよ。でも私、銀行にはいないので、今度、連絡先をお知らせしますよ」
店主「ハリスさんは、忙しいんですね。じゃ、また」
別れてから、ハリスはため息をつく。
(銀行をやめても、産業育成に努めたいものだが)

ハリスが幸福路を歩いて幸福カフェ1号店に入ろうとしたとき、入口の脇のポスターに目が止まった。
そして、思わず二度見する。
「幸福銀行“頭取”大募集中!」

そのポスターには
「応募は幸福一号店VV(薇薇)まで」と書いてある。
ハリス(幸福商会の社長であるVVさんだから、金は持っているだろうが、嫌な予感しかしない)
幸福商会は大富豪ブラックウェル家を家出したVVが立ち上げた新興企業で、ハリスが考えても訳が分からないほど急成長している企業だ。
しかも、社長であるVVはいつも幸福カフェ1号店でエプロン姿で接客をしているという謎の企業なのである。
ハリス(VVさんは実家がマフィアであることを除けば良い人なのだが、底が知れないところがある。だが…)

ハリスは通いなれた幸福カフェ1号店を覗きこみ、恐る恐るドアを開ける。
ハリスが入ると、ドアのベルが鳴り、中からVVとMG(マリゴールド)がエプロン姿で出てくる。
VVはにこやかに「ハリスさん、いらっしゃい!」
ハリス(この見かけに騙されちゃいけない!)
店には、マナ、ナディア、ヒービーが立ち働いていた。

ハリス「あの、ポスターを見て来たんですけど」
するとVVの目がキラッと光る。
VV「マナ、ナディア!」
声をかけるとマナとナディアが無言で出口を塞ぐ。
ハリス「な、なんだ?」
VV「MG!」
MGが案内するように「どうぞこちらへ」
ハリス(に、逃げられないのか?!)

コーヒーを出され、面接が始まった。
VV「私たち、未成年だし、やっぱり銀行をやるからには、一人くらい大人の人がいないとねぇ」
マナ「子供ばっかりというわけにもいかないですし、ねぇ」
ハリス(=自分は単なるお飾り・名義貸しの大人として巻き込まれるわけか……終わった。俺の銀行家人生、終わってた)

しかし、VVとマナの話を聞いてみると、計画は至ってまともだった。
資本もある。若いスタッフというが、幸福商会その他の企業で経理をしている若者たちだ。
青幣・紅幣(商業組合)や幸福路商店会との協力も視野に入っている。
VV「10代の若いスタッフを使って、若い起業家向けの銀行を立ち上げてほしいの。最初は少額からで構わないから、できるだけ丁寧に、ビジネスの初歩から指導してもらいたいの。最終的には、この紅江地区を若い起業家で一杯にするのが目標なの。先日の株の大暴落もあるし、ほんの少しでも、地元の経済を支えたいのよ」

ハリスはその話を聞いて震えていた。(こんなことがあるのか…)
VV「ハリスさん、どうですか?」
ハリス「VVさん、ぜひやらせてください」
店の中で聞いていたMGとナディア、ヒービーはガッツポーズをした。

【2026-10-03/260506-1,260606(1)】

☜第39話 奇跡3 小麦粉の奇跡

第41話 奇跡5 工作機械の奇跡☞