紅江マリア女学校への入学式を翌日に控えたその日、マナは上海に移住してきてまだ数日。
インド系イギリス人の国際弁護士である父の影響もあり、彼女は「貧しい子どもたちの権利」を調べるため、紅江区の貧民街でフィールドワークを続けていた。
その途中で、事件は突然起きた。
細い路地を歩いていたマナの前に、ひったくりの少年が転がり込むようにぶつかってきた。
少年は勢いで手にしていた荷物を落とす。中身はパンだった。

マナが拾い上げた瞬間、追いかけてきたパン屋が怒鳴る。
「お前は仲間か!」
貧しい身なりの少年と、フィールドワークで同じく質素な服装をしていたマナ。
パン屋には、二人が共犯に見えたのだ。
その様子を、偶然そばを歩いていたVV(薇薇)と紅烈、そして少年たち数人が目撃していた。
彼らは乞食のような汚れた格好で商店街を歩いており、まさかこんな場面に遭遇するとは思っていなかった。
VVが一歩前に出る。
「ちょっと待って。私に話をさせて。君、どうしてパンを盗んだの?」
少年はうつむきながら答えた。
「妹が病気で……何か食べさせてやりたくて」
「でも、盗みはいけないわ。パン屋さんが困るでしょう」
「……ごめんなさい」
VVは優しく尋ねる。
「名前は?」
「張発唱(ジャン・ファーツァン)」
「分かったわ。私がお金を払うから、この子を許してあげて」
VVはパン屋に代金を渡し、パン屋も渋々うなずいた。
「お金をもらえば構わない。もう二度とやるんじゃないぞ」
その様子を見ていたマナは、心の中でつぶやく。
(民民による罪と赦し……勉強になるわ)
そこへ警官AとBが現れた。
「見ていたぞ。盗みをしたな。警察に来い」
張発唱を連行しようとする警官。
マナは胸を痛めながらも、心の中で思う。
(かわいそうだけど……法律を破ったなら、捕まるのも仕方ないわ。官による処罰ね)
だがVVは食い下がった。
「この子は中国人でしょ?どうして共同租界の法律で裁かれなくちゃいけないの」
警官Aが眉をひそめる。
VVは続けた。
「中国人が中国の法律に従うのは分かるわ。でも、共同租界の法律は外国人が外国人の都合で作ったものよ。
なぜ中国に住む中国人の子どもが、外国の法律で裁かれるの?中国の法律で裁きなさいよ」
警官Aは「お前は関係ない!」とVVに言い放ち
張発唱だけでなく、マナまで連行しようとした。
マナは抵抗しない。
(貧しい人たちはこういう扱いを受けるんだ……フィールドワークとして、もう少し見てみよう)
警官AはVVにも手を伸ばす。
「お前も連行するぞ」
VVは冷静に言い返した。
「共同租界の警察に外国人を連行する権限はないわ。私を逮捕できないでしょう?それに、その女の子も中国人ではないわ。外国人だったら逮捕は違法よ」
「うるさい!現行犯だ。来い!」
こうして、張発唱、マナ、そしてVVは警察車両に押し込まれた。
紅烈は小さくつぶやく。
「どうなっても知らないぜ……」
VVとマナは車の中で自己紹介。発唱は間で小さくなっている。
VV「へえ、あなたも紅江マリア女学校に入学するの?」
マナ「入学式の前日にとんでもないことになっちゃいましたよね」
この話を聞いていた警察官Bは、
(女学校に入学できるということは、結構お金持ち?え、やばいかも)
警察官Bは警察官Aに「今の二人の会話聞きました?」というが、
警官A「ああ、2人とものんきなものだな」
警官B(あ、このAさん、ダメな人だ)
署に着くと、VVは堂々と警官Aに向き合った。
「一体何の罪でこの子を裁くの?
お金は払ったし、私とマナさんは無関係でしょう」
警官Bは小声で言う。
「釈放した方が……」
しかし警官Aは意地になっていた。
「このまま帰したら警察の面子が潰れる!」
張発唱が必死に訴える。
「家に病気の妹がいるんです。パンを届けたら必ず戻ります。お願いします!」
警官Bは耳打ちする。
「帰してあげましょうよ」
だが警官Aは悪い考えを思いつく。
(戻って来なかったら、この娘たちを困らせてやろう)
「分かった。明日の朝八時までに戻ってこい。
それまで、このお嬢さん二人は帰さないからな」
張発唱は深く頭を下げて出ていった。
その直前、VVが彼に何か耳打ちする。少年は力強くうなずいた。
VVはマナに向き直る。
「私は朝まで寝てようかな。マナはどうする?」
マナ「私も発唱くんを信じて待ちます」
夜が明け、朝八時 ― 少年は戻らない。
VVはあくびをしながら目を覚ます。
マナはほとんど眠れなかった。
警官Aが言い放つ。
「張発唱は戻って来なかったぞ。どうするんだ」
VVは肩をすくめた。
「そりゃそうでしょ。『戻ってきちゃダメ』って言っておいたんだから」
警官A「え?」
VV「じゃ、マナ。帰ろう」
マナ「え?」
警官A「えぇ?」
VVは淡々と言う。
「マナ、帰ろうよ。こんなところにいてもしょうがないじゃない」
警官Aは怒鳴る。
「帰れると思っているのか!」
VVは静かに返す。
「あなた達、何の法律で私たちを引き留められると思ってるの?」
警官Aは言葉に詰まった。
その時、警官Bが駆け込んできた。
「イギリス人国際弁護士シンクレア氏の家から、娘さんが行方不明だと捜索願が出ています!」
警官Aは鼻で笑う。
「ここにいるのは中国人とインド人の娘だけだ」
続いて警官C
「アメリカ人富豪ブラックウェル氏の家からも、お嬢さんが行方不明だと捜索願が!」
「だからここには中国人とインド人の娘だけだ。
それに夜中に行方不明になる金持ち娘なんてどうせ、不良だろう――」
VVが静かに言った。
「不良で悪かったわね」
マナも続く。
「悪かったですね」
警官A「え?」
VV「私が捜索願の出ているヴィヴィアン・ブラックウェルよ」
マナ「私はイギリス人のマナ・シンクレアです」
警官A「えええっ!」
ほどなくしてMG(マリゴールド)と白執事が到着した。
「直ちにヴィヴィアン・ブラックウェルを釈放しなさい!」
堂々とした態度に警察は完全に気圧される。
遅れてシンクレア夫妻も到着し、警官Aは完全に青ざめた。
VVとマナは車に乗り込み、制服に着替えながら学校へ向かった。
MGはため息をつく。
「何も入学式の前日にまで騒動を起こさなくても……」
VVは笑って肩をすくめる。
「まあ、まあ」
マナは緊張しながらも微笑んだ。
「今日からよろしくお願いします」

入学式が終わると、VVは「眠い~」と講堂から出る。
そしてVVはマナにMGとナディアを紹介する。
ナディア「カフェにケーキでも食べに行きません?」
マナは両親に確認し、妹たちに羨ましがられながら出かけていった。
カフェでは昨日の警察騒動で大盛り上がり。
ナディア「私はVVがいるからこの学校を選んだの。昨日の話、聞いたわよ。さい先良いわね」
マナは苦笑する。
「この学校って、まさか昨日みたいなことがずっと続くんですか?」
ふと、マナは思い出した。
「そういえば、VVさん。張発唱くんに何を耳打ちしてたんですか?」
VVはケーキをつつきながら答えた。
「『もう帰ってこなくていいからね』って。
それから『後でお母さんに叱ってもらうからね』って言ったの」
マナ「叱る?」
VV「中国の土地で中国人を叱るのは共同租界の法律じゃない。中国の決まりで罰せられるべきよ」
マナはその時、VVの言葉を胸に深く刻んだ。
【s00017,s00031,s00108,s00122】