

ノラミはケロッと笑う。
「ありがとう。ほんと死ぬとこだった。あなた親切ね」
レオンは彼女の金髪を見て眉を寄せる。
「ロシア人か? 金髪だが顔は東洋的だ」
「韓国人。満州から来たの。母がロシア系だから色素が薄いの」
レオンはノラミを背負い、夕暮れの街を歩き出した。
ノラミは背中にしがみつきながら嬉しそうに言う。
「楽しいね。人に背負ってもらうのって、何年ぶりだろ」
レオン「……あんまりしがみつくな。背中に胸が当たる」
ノラミ「え、そう? ごめん。じゃ、ゆるくね」
レオン「……それでいい」
病院の帰り、紅江区のノラミの家に入ると、扉の向こうから金属の匂いと微かな電気音が漏れていた。
「車いすはもう一台あるから」
ノラミは鍵を開け、レオンに車いすへ乗せてもらう。
部屋に入ったレオンは思わず立ち止まった。
そこは小さな研究所のようだった。
壁には回路図、机には工具、棚には自作の装置がぎっしり並ぶ。
ノラミ「ここが私の家。座っててね」
レオンは机の横の丸い金属物を顎で指す。
「これは何だ?」
「ああ、それね。国民党軍に頼まれたの。日本軍の爆弾を安全に処理する研究中」
「おまえ、そんな仕事までしてるのか」
ノラミ「紅江交通大学で兵器の研究をしてる。日本軍も国民党軍も米軍もソ連軍も依頼してくるよ。だって楽しいんだもん。あ、それ信管は抜いてあるから大丈夫。
ほら、こっちは“電磁波で料理を温める機械”。冷蔵庫も電熱器も自作したよ。
私のあだ名ノラミは遊べって意味。みんな遊び」
レオンは呆れたように、内心は感心しながら言う。
「……おまえの“遊び”は、世界を変えるな」
ノラミは照れたように笑った。
「遊んでるだけだよ。ずっと昔から」
夜更けになっても、部屋には小さな機械音が続いていた。
ノラミが電熱器で湯を沸かしながら言う。
「今日は泊ってく?」
「……男が泊まることはあるのか?」
「研究が遅くなるとね。朝まで作業すること、時々あるよ」
レオンは少し考え、静かに頷いた。
「じゃあ……ゆっくりさせてもらおうかな」
その夜、二人は遅くまで話した。ノラミは研究のことや、満州のことなどを話し、レオンも珍しく自分のことを話した。
翌朝、ノラミは電熱器で沸かしたコーヒーを差し出す。
レオンは受け取りながら、少し視線をそらした。
「……お前、昨日……初めてだったのか?」
ノラミは素直に頷く。
「うん。キスも、何もかも全部」
レオンは言葉を失い、耳まで赤くなる。
「……そうか」
ノラミはふっと笑った。
「ねえレオンも“誰かの初めてになる”のは、初めてだった?」
「……ああ」
「じゃあ、私たち、初めて同士だね!」
数日後、幸福1号店の扉が勢いよく開き、紅烈が飛び込んできた。
「大変だ! うちの運送屋の荷物の中に爆弾があった。ショッピングモールのレストランに届けちまった!」
VV(薇薇)とMG(マリゴールド)が同時に顔を上げる。
「商工会の会合が12時からある。会場ごと吹き飛ばすつもりだ」
MGは腕を組む。
「今日の会合はカーフェイ(アッシュ四世=VVの異母兄弟)が演説するんだったわね」
VV「カーフェイより、お客様が危ないわ」
MG「カーフェイは心配じゃないの?」
紅烈「レオンを呼ぶか?」
VV「もちろん。あの人がいなきゃ間に合わない」
VVは日本海軍陸戦隊へ電話をする。
「霧島少尉(レオンの日本名)をお願いします」
レオンが出ると、VVは状況を伝えた。
「時限爆弾よ。モール全体が吹き飛ぶかもしれない」
「分かった。今は11時か。20分で行く。現地で待っててくれ」
レオンは作戦会議中の軍人たちを置いて、軍服のまま駆け出した。
レオンの車は大学構内に滑り込み、研究棟へ駆け上がる。
ノラミは回路図に囲まれ作業中だった。
「ノラミ、緊急事態だ。すぐ来てくれ」
「えー……この“仕掛け”、3時までに処理しないと爆発するんだけど」
「こっちは正午12時だ」
ノラミは一瞬考え、明るく言う。
「分かった。そっち終わってから戻ってきて、こっちもやるよ」
レオンは苦笑した。
「助かるよ」
モールへ向かう途中、道路は完全に詰まっていた。
時計は11時20分。
「……ダメだ。ここからは走る」
「え、ここから? モールまで2キロあるよ?」
レオンは車を止め、ノラミを背負う。
「しっかりつかまれ」
「わーい、またおんぶだ。今日で二回目だね」
渋滞の横を風のように駆け抜けるレオン。
ノラミは揺れながら笑う。
「ねえレオン、大好き」
「……黙ってろ。息が切れる」
モール裏口でVV、MG、紅烈が待っていた。
レストランに案内され、爆弾の前に座ると、ノラミは即座に構造を見抜く。
「日本陸軍のタイプ。ここを開けて、ここを切れば……ほら大丈夫」
MGは呆れたように言う。
「まるでおままごとね」
爆弾処理後、職員たちがねぎらいのお茶を出す。
VVはレオンとノラミを見て言う。
「レオンに恋人がいたとは知らなかったわ」
レオン「恋人ではなく、妻だ」
ノラミ「事実婚だけどね」
VVは一瞬、目を丸くし、頬がほんのり赤くなる。
MG「VV、何赤くなってるの?」
VVは慌ててそっぽを向く。
VV「な、何でもないわ」
MGは首をかしげる。
MG「VV、……もしかして、未経験なの?」
VV「MG!」
MGは肩をすくめて笑う。
ノラミは自己紹介する。
「私、ホァン・ミンドゥルレ。ミンドゥルレはタンポポの意味。
でも、みんなはノラミって呼ぶよ」
VV「ノラミさんね。よろしく」
皆に聞こえないように、レオンとノラミが小声で囁き合う。
ノラミ「3時までに帰らないと研究室の“仕掛け”が爆発するんだけど」
レオン「分かってる。お茶を飲んだら送るよ」
事件後、二人はそのまま同居を始めたが、日常は変わらなかった。
ある日、日本海軍から急な呼び出しが入る。
軍港に仕掛けられた機雷の除去だ。
レオン「行ってくれるか?」
ノラミ「行くーー!」
軍用機で飛び立つ瞬間、ノラミは笑った。
「わーい、新婚旅行だ!」
レオン「嬉しいのか?」
ノラミ「嬉しい!」
レオンは思う。
(この子は俺に負担をかけることが無い。本当に綿毛のように軽い)
【s00015】