ノラミの生い立ち

ノラミは1910年、満州に生まれた。
父は韓国人でありながら、満州の鉄道網を支える 南満州鉄道(満鉄)で働く優秀な技師であった。
当時の満鉄は日本人・韓国人・ロシア系技師が協働する国際的な職場であり、ノラミの父はその中核を担う技術者だった。
ノラミの母はロシア系であったため、ノラミは韓国籍でありながら金色の髪と薄い茶色の目を持っていた。

5歳の頃、ノラミは突然の高熱と激しい筋痛に襲われ、原因不明のまま重篤化した。(現在でいうポリオだが、当時は原因不明の急性麻痺として扱われた)
ノラミは、父の職務上の関係から、一般住民では受診できない満鉄病院で診察を受けることができた。
現地医療では原因が分からず症状は悪化したが、偶然診察した日本人医師が当時入手困難だった 抗生剤(スルファ剤)を手配し、二次感染を防ぐ処置を行ったことで命は助かった。
しかし脊髄の損傷が残り、両脚に麻痺が残った。
歩行は可能だが長距離は困難で、成長とともに車いす生活へ移行した。

この経験は、ノラミの「危険を恐れない性格」「人の善意への深い信頼」「科学への異常な集中力」を形作る基盤となった。

父に連れられて訪れた満州鉄道の機関車設計室で、ノラミは巨大な図面を覗き込み、技士たちが機関車の不具合について議論しているのを見ていたとき、
ノラミ「この機関車の主連棒は強度足りてるよ。でもね、連結棒の強度が不足してるよ」と言い出した。
技士たちが驚く中、ノラミは図面の余白に微分式を書き始めた。
「σ = F/A とすると…この細い部分が応力集中を起こすよ。
あと5ミリ太くしないと折れちゃうよ」
技士たちは計算を見直し、ノラミの指摘が正しいことを認めた。
父「この子は、図面を見ると“構造が見える”んですよ」
この日から、ノラミは満鉄技師たちの間で「天才少女」として知られるようになる。

ノラミは自動車や航空機にも異常な関心を示し、父に連れられて軍用車の開発現場を訪れた際には、エンジン音を聞いただけでオイル粘度の不足を指摘した。
さらに秘密裏に連れて行かれた航空機試作現場では、主翼の後縁角度の誤りを即座に見抜き、揚力係数の式を書いて技士たちを驚愕させた。

こうした出来事が続き、日本軍の兵器開発において、ノラミは“上層部には秘密の技術顧問”として助言を求められるようになる。

新型爆弾の実験で、火薬の威力が想定を大きく超え、実験棟が吹き飛びかける事故が起きた。
怒号が響く中、車イスのノラミは震えながら謝罪した。
ノラミ「す、すみません……。新開発の火薬の威力が……想定より大きすぎました……」
軍人は驚愕し、「……誰だ、この子は?」

技術主任は小声で、
「……うちの“技術顧問”です。
上層部には内緒でお願いします」
軍人はノラミの計算式を見て言葉を失った。
「……天才か……化け物か……」
この事件は、ノラミの才能が軍内部で“危険なほどの本物”として認識される転機となった。

1925年頃、日本は満州・華北で航空試験運用を進めており、ノラミは父の技術者仲間に連れられ、整備現場に出入りしていた。
そして1928年、上海で本格的な航空機開発が始まることが決まり、民間航空機メーカーがノラミの家を訪れた。

満州の家を訪れた技術者たちは、父にこう告げた。
技術者「上海で航空機開発が始まります。
そこで、彼女の力が必要なのです」
欧米人顧問は言った。
「年齢は関係ありません。彼女は“構造が見える”。
我々の設計者でも理解できない応力計算を、図面を見ただけで指摘したと聞いています」

ノラミは迷わず答えた。
「……行く!私、もっとすごい機械が見たい!」

旅立ち前夜、ノラミは父に明るく言った。
「私はこれまで何の努力もしてこなかったよ。
勉強も、リハビリも。それなのに上海で研究できるなんて」
父は静かに否定した。
「馬鹿を言うな。お前が誰よりも努力してきた。
病気のあとも、もう立てないと思ったのに、
いつの間にか自分で立ち上がって、車イスに乗って、
自分の机で研究をしていたじゃないか」
ノラミは照れながら笑った。
「楽しいことを見つけたからだよ。
お父さんの仕事を見てるうちに夢中になって、
机に歩いたり、部品を取るために歩こうとしたのがリハビリになったのかな?へへ…」

航空機メーカーは、紅江区の日本海軍陸戦隊基地近くに 研究室つきの家 を用意した。
二階建てで、一階は居室、残りは広い研究室。
ジュラルミン切削機・簡易風洞装置を設置可能
車イス対応の段差の少ない構造
人が乗れるリフト付き

技術者は言った。
「ここならノラミさんが自由に研究できます。
基地にも大学にも近い。安全です」

大学側にも話が通され、ドイツ人教授はノラミの計算式を見て絶句した。
「……この子は、天才だ。
研究室を自由に使っていい。学生証は不要だ」
ノラミは喜んで答えた。
「じゃあ、ここで主翼の試作してもいい?」
「ぜひやってくれ」
こうしてノラミは 紅江交通大学の特別研究員 となり、航空機構造・計器・軽量化技術を本格的に研究し始めた。

ある日、日本軍陸戦隊基地の前で、レオンは車イスのノラミとすれ違った。

レオン(なんでこんなところに子どもが……
でも、ちょっとかわいかったな)

ノラミ(わあ、おっきな人)

二人の目が合う。しかし、この時点ではまだ互いを知らない。
本当に知り合うのは、次に起こる アッシュ四世爆殺未遂事件 の時である。

【s00126】