1928年、上海。
9月に紅江マリア女学校に入学したVV(薇薇)、MG(マリゴールド)、マナ、ナディアの四人であったが、先日は入学早々青島にリゾートに行くはずが、漂流して白沙島で1週間を過ごすはめになった。
しかし、めげない彼女たちは「まだ暖かいうちに青島に行きたい」と、再び出航することにした。
サミール執事「ナディアお嬢様~」
白執事「VVお嬢様~」
召使たちが港で呼べど叫べど、四人はすでに出航した後であった。
船の操縦に長けたナディアではあったが、9月は台風シーズン。
台風が迫る中、四人は再び漂流し、とある島に避難することにした。

着いたのは「赫赫(かくかく)島」。
四人は夕方に港にたどり着いたが、その港は静かなリゾート地のイメージではなく、倉庫が立ち並び数多くの貨物船が寄港する商業港であった。
そして、日本軍の軍艦とアメリカの軍艦が停泊し、軍人たちが闊歩する物々しさがあった。
四人は港の隅に船を付け、陸に上がることにした。
港町には数多くのネオンや赤提灯が灯り、ジャズと中国音楽が聞こえてくる怪しい無国籍の歓楽街であった。
VV「リゾートのつもりが、上海とあまり変わらないね」
四人は食堂で食事を済ませた後、船に戻って眠ることにした。
マナ「こんな港で賊に襲われたりしないですか?」
MG「この船を襲う人がいたら、その人はかわいそうね」
ナディア「蜂の巣になるかも」
マナを除く3人は枕元に数丁の銃を置いて「おやすみ」と眠り込んだ。
拳銃だけではない。何やら長い武器もいくつか布に巻かれて寝台の横に置かれている。
マナはこの3人と付き合うためには、上海に帰ってすぐ拳銃を手に入れなければならないと考えた。
夜が明けてみると、赤土がむき出しの島の中央の丘の上、島の標高が高い山頂や赤土の崖の上に、数本組の巨大な鉄塔が聳(そび)え立っていた。
VV「ずいぶんと分かりやすい。日本軍の秘密基地があるね」
MG「看板をつけてるみたいなものじゃない」
と、連れ立って散策している。

その様子を、ラフなスタイルの男が見ていた。
彼は今回、日本軍とアメリカ軍の軍艦がともに寄港する緊迫した港で諜報活動をしていたのだが、そこに明らかに場にそぐわない女学校の制服姿の四人が現れたのだ。
彼は「何だあれは?」と自分の目を疑った。
男の名はレオン。諜報員ではあるが、属していたロシア系の組織が壊滅したため、今はどこにも属していない。いわゆるフリーランスのスパイである。
この島には、元からいた伝統的な民族である客家(Hakka)がおり、彼らは伝統的な家族制度を守りながら、独特の言語、島の祭りや信仰を守っていた。
他には、20〜30年前に移住した日本人が漁民として客家と協力して漁業・農業をして暮らしている。
それ以外にも、潮州・福建省から華僑が渡ってきており、フィリピン系の住民も海商・船員・職人などとして島に住み着き、それぞれの文化を持ち込んでいた。

さらに別に、日米の隠し基地がある。
島の中央には日本海軍の観測所があり、反対側の森にはアメリカの無線基地があったが、島民たちは気づいていても干渉せず黙認している。
この島では、国の主権だとか統治がどうのというのが難しい。境界の島だったのだ。
島民たちは、明らかに緊張している。軍人はもちろん、船員たち、商人たち、農民までもが、何らかを探るような視線で見ている。
当然、突然島にやって来た少女四人は好奇の目で見られることとなった。
MG「みんな、目つきが違うわね。どの人も、本業はスパイってところね」
VV「日本人は米軍をスパイし、フィリピン人は日本軍をスパイして、華僑は日米をスパイしているというところかしらね」
マナ「え、そしたらこの島って、スパイだらけってことじゃないですか?はっきり言って怖いです」
VV「そう?上海に比べれば素朴なスパイさんばかりなんで、やりやすい方だと思うけど?」
マナ「素朴…ですか?」
ナディア「この島のスパイはね、生活の範囲でスパイをやってる感じかしら。上海なら世界を揺り動かすスパイがひしめいているものね」
VV「今まで言ってなかったけど、私たちの学校の先生もスパイなんだよ」
マナ「ええ~?!」
MG「ミッション系だからね。宣教師たちは大昔からスパイだらけよ。特に上海はアジア宣教の拠点だからね」

遠くから四人を見ていたレオンと、四人の目が合う。
VV「そこのおにいさーん」
レオン「俺か?」
VV「はい。この近くに美味しいパーラーとかありませんか?リゾートに来たんですけど、海水浴は出来そうにないので」
レオン「リゾート?」
VV「そう。この危険な香りの中で武器を手から放すわけにはいかないので、海水浴は無理そうなんです」
レオン「!」
VV「あなたはどこにも属してなさそうなので、ちょっと声をかけてみました(にこっ)」
レオン「…」
MG、マナ、ナディア(にこにこ)
レオン「パーラーはない。喫茶店なら商店街のはずれに何軒かあるから行ってみろ。旨くはないぞ」
四人「ありがとうございます!!」
VV「ところで、あなたのお名前は?」
レオン「レオンだ」
VV「レオンさん、覚えておきますね。上海でまた会えますね」
レオン「何故俺が上海に住んでいると知っている?」
VVは逆に不思議そうに「私、何回かレオンさんを見たことがあります。上海工部局の警務処で」
レオン(警務処…?確かに何度か行ったが…いつだ?)
四人は手を振りながら楽しそうに去っていく。その様子を見て、普段汗をかかないレオンが汗をかいていた。
その後、港を歩いていた一人のアメリカ人が、レオンの脇を通り抜けざまにメモを渡した。 男が遠くに去った後、レオンはメモをそっと開く。
「そういうことか…。マフィアの娘と海賊の娘、及びその同級生という訳だな」 レオンが受け取ったのは、アメリカ軍からの四人の捜索依頼であった。
その日の朝市の帰り道。アメリカ軍の隊長の娘ジュネヴェットが、潮州系の店で布を選んでいる。
日本人移民の若者(富夫)が干物を届けに来て、ふと目が合った。
ジュネヴェット 「あなた、日本の人?」
富夫「うん。漁師をやってる」
ジュネヴェット「英語が話せるのね」
富夫「ちょっとだけ。この島にはアメリカ人も来るから、勉強しておいた方が良いかと思ってさ」
ジュネヴェット「そうなんだ。私は父が海軍の軍人で、しばらくこの島にいることになってるの」
富夫「へえ、海軍なんだ」
二人は英語でちょっとした立ち話をした。楽しい。何か波長が合う気がする。
ジュネヴェット「明日も来るの?」
富夫「だいたい同じ時間に来るよ」
ジュネヴェット「じゃあ、私、明日も来てみようかな」
富夫「そう。明日も会えたらいいね」
ジュネヴェット「そうね。じゃあ、また明日」 と言って二人は別れた。
富夫が家に帰ると、父が問い詰める。
「おい、富夫。お前がアメリカ軍人の娘に会ってたって聞いたぞ」
「親父は耳が早いな」
「分かってるだろうな。アメリカ人は敵なんだぞ!」
「近づくな、と言いたいのか?」
「反対だ。近づいて行って情報を取ってこい。しくじるなよ」
一方、ジュネヴェットが家に帰ると、海軍隊長の父が言った。
「ジュネヴェット、お前が島の男と会っていたと聞いたぞ」
「会ってはいけないの?」
「逆だ。島の情報を握って来なさい。内密にだ」
ジュネヴェット「分かったわ」
純粋に相手に興味を持っていただけなのに、いつの間にか二人の関係は義務になってしまった。
翌日からも二人は顔を合わせるようになるが、家に帰る度に親から根掘り葉掘り聞かれて気まずくなる。
二人を密かにVVたち四人が見守っている。いや、見ているのは四人だけではない。
MG「あの二人、見張られてるわね」
VV「本当だね。富夫とジュネヴェットの家の者かな。かわいそうに」
マナ「本人たちはただ惹かれ合っているだけなのに、周りから利用されてしまうなんて」
ナディア「このまますんなりは、いかない気がするわ」
二人はそっと会っているつもりだが、周り中から見られていたのだ。
会うようになって3日目、富夫は「実は俺の家はスパイなんだ…」と打ち明ける。
ジュネヴェットも「私の家もなの」と答える。
二人が話している間にも、陰で聞き耳を立てている者が数人いた。
富夫「(囁き声で:聞いてるのがいるよね)」
ジュネヴェット「(囁き声で:私の方も聞いている人がいるわ)」
富夫「(こんな島は、もう嫌だ。もう島を出たい)」
ジュネヴェット「(私も、父の仕事がこんな仕事だとは思わなかった。私も逃げたい…)」
富夫「(一緒に逃げようか)」
ジュネヴェット「(船で青島に向かいましょう)」

VV「青島より上海がいいわよ」
二人は驚く!「誰ですか!」
VV「急に話に加わってごめんね。青島は日本海軍の影響が大きいから、住みやすいと思っても実はこことあんまり変わらないかも」
MG「そうそう。やっぱり上海かな」
ナディア「上海に決めましょうよ」
マナ「私はノーコメントです」
VV「じゃ、気持ちが固まったら相談してね」 と四人は去っていく。
二人の囁き声は誰にも聞こえていないはずだったが、VVたち四人以外にも物陰から聞いている者が数人おり、富夫の父親とジュネヴェットの父親にも筒抜けだった。
翌日も、二人が商店街や港を歩くときに不思議とVVたちとすれ違った。
VV「そうだ、連絡先を知らせておくよ」と、VVは二人に自分の家の住所まで手渡した。
富夫「神出鬼没だ」
ジュネヴェット「逆に上海が怖い…」
二人は相談をして、「やはり青島に行こう」と夜中に船を出すことに決めた。
その夜、二人が港で実家の漁船に乗ろうとすると、船の中に富夫の父がいて大声で言った。
「富夫、よくやった。敵の娘を手に入れたのか!」
驚いた富夫は「ちがうよ!」と叫び、二人で船を降りて逃げ出した。
二人が走って逃げると、倉庫群の前にジュネヴェットの父が立ちふさがっていた。
「娘よ、でかした。島の情報を掴んだのか!」
ジュネヴェット「そんなんじゃないわ!」
二人はさらに逃げる。追ってくる男たちから逃れるため、高い方へ高い方へと駆け上がった。
港から小高い丘に登ると、先は岬になっていてもう行き場がない。下は断崖絶壁の海だ。
富夫「ここは恋人岬だ。昔から結ばれなかった恋人たちが数多く飛び降りた伝説の岬だ」
ジュネヴェット「私怖いわ…」
二人の後を富夫の父とジュネヴェットの父が追ってくる。
富夫の父「待てと言うのに!こっちに戻って来い!」
ジュネヴェットの父「何を言うか、こっちだ。こっちに戻って来い!」
二人は岬の先に追い詰められた。二人は頷き合い、互いに抱き合ったまま海に飛び降りた。
思わず駆け寄る二人。
富夫の父「富夫~!」
ジュネヴェットの父「ジュネヴェット!」
「なんてことだ。なんでこんなことに…」
「私たちが悪かった。どうか戻って来てくれ、富夫~」
「ジュネヴェット~」
しかし実際には、二人はVVたちの船に助け上げられていた。
二人が岬の先に追い詰められていた時、VVたちが下で待っていたのだ。
(回想)二人が岬から海を覗き込んだ時——
VV「下よ!飛び降りなさい!」
二人が下を見ると、VVたち四人が乗った船があり、浮き輪を持って待っていた。
VV「ここよ!大丈夫、助けるから!」
二人が恋人岬から飛び降りた翌日に、島では二人の行方を心配する声があちこちで上がっていた。皆が二人のことを知っており、心配していたのだ。
ジュネヴェットが買い物をしていた潮州系の店でも、自然と二人の話が出た。
昼食時にフィリピン系の妻が呟く。「あの二人、生き延びたかな」
潮州系の夫「多分な」
妻「私たちにあそこから飛び降りたときのこと、覚えてる?」
夫「忘れるわけないだろう」
妻「私たちの後にも何人か飛び降りたよね」
夫「当時は誰も認めてくれなかったからな。最近は飛び降りる奴も居なかったけど」
妻「私たちは泳げたから助かったけど、泳げなかったら死んでたよね」
夫「溺れて死にそうになった奴を俺が助けたことがある」
妻「あの二人は泳げたかな。また島に戻ってくるのかな、他のところに行くのかな」
夫「さあな、どっちにしても幸せになってくれればいいな」
妻「私たちみたいにね」
夫「そうだとも」
そして、ふと現実に戻る二人。
夫「噂を聞いてきたところを見ると、今朝、実家に行ったのか?」
妻「ええ、何でも来週あたり米軍が戦闘訓練をやるから、納品で忙しいとか…」
夫(戦闘訓練?本当か?本当なら国民党軍に報告すべきだが…)
妻(戦闘訓練って、ちゃんと信じたかしら。国民党軍の動きが知りたいけど)
と思いつつ、二人とも(ま、いいか)と食事を続ける。
富夫とジュネヴェットを船で休ませてから、VVが言い出した。
VV「最後に探検に行こう!」
MG「どこに?」
VV「秘密基地!」
ナディア「あら、面白そうね」
マナ「秘密基地って、子供たちが遊びで作ってる秘密基地じゃなくて、日本海軍の秘密基地ですよね…」
VV「じゃ、今から出発しよう!」
マナ「反対は通らないみたいですね…」
VVたちは船に二人を残して山を登り始めた。
その頃、レオン(日本海軍には「霧島少尉」として潜入中)は、朝市で四人に会ってからずっと四人を探していた。
レオン「あいつらは何で神出鬼没なんだ」
島で聞き込みをしても「さっき商店街に居た」「さっき港にいた」「土産物を買っていた」「喫茶店でお茶を飲んでいた」など、掴みどころがない。
しかしその日、ある猟師が「山の方に行ったぞ。探検するとか言ってた」と教えてくれた。
レオンは山を見上げながら「ちっ」と舌打ちした。
どうやらとんでもないところを探検しようとしているらしいな。先回りしてやらないと危なそうだ」
レオンは先に日本海軍の秘密基地に入っていく。
日本海軍の軍人とすれ違っても、敬礼して普通に通してもらえた。
「霧島少尉、お疲れ様です」
山腹の洞窟にある作戦会議室の中で、レオンはコーヒーを飲みながら地図を開いた。
「さて…奴らはどこに現れるか?」と考えていると、突然、指令室の壁が崩れ落ちた。
VV「あれ、レオンさん、こんにちは」
崩れた壁の向こうから、MG、マナ、ナディアを引き連れてVVが入ってきた。
レオンはコーヒーを吹き出す。
レオン「なんてところから入ってくるんだ!ここは日本軍の基地だぞ!」
VV「地盤が弱いから掘りやすかったんです」
ナディア「そうそう、スコップですこすこ掘れました」
MG「掘った土は表に山になってますけどね」
マナ「私たち、こんなところに居て大丈夫なんでしょうか…」
レオン「大丈夫な訳ないだろう!」
レオン「君たちにはアメリカ軍から捜索願が出ている。探す手間が省けた、一緒に来て貰おう」
VV「どこへ?」
レオン「上海に帰ってくれ。頼むから」
VV「でも、捜索願を出したのはアメリカ軍でしょ?ここは日本軍なのに…。さてはあなた、二重スパイだね、レオンさん」
レオン「細かいことはいいから、本当に帰ってくれ」
VV「探検も終わったから、上海に帰ります」
レオン「俺が乗ってきた船に乗せて行こうか?」
VV「いいえ、昨日、富夫とジュネヴェットを海で拾ったので、彼らを連れて行かなくてはならないのです」
レオン「昨日の事件も、お前たちが噛んでいたのか!」
船に戻って富夫とジュネヴェットに、VVが声をかける。
VV「これからどうするの?」
富夫「まだ考えていませんが、二人で一緒にいられるところを探そうと…。私はアメリカには行けませんし、ジュネヴェットは日本には行けませんから…」
VV「じゃあ、やっぱり上海しかないよ」
ジュネヴェット「上海ですか?私たちが一緒に居ても、スパイを疑われたりしませんか?」
MG「問題ないわよ。ねえ」
ナディア「そうそう。だって、上海ならスパイじゃない人の方が珍しいじゃない?」
マナ「私は珍しいのでしょうか?」
VV「だから上海にしなよ。上海なら私達もいるし、一緒に行きましょう」
富夫・ジュネヴェット「はい!」
こうして四人と二人は、ナディアの船に乗って上海に向かって出航したのだった。
【2026-09-12/260509-2】
☜第32話 洗濯工場に天使が舞い降りた
【Youtube動画】
VV:(上海語)这附近有没餐厅啦?/(日本語訳)この近くにレストランは無いかな?
マナ:(上海語)咖啡馆大概有得个/(日本語訳)喫茶店くらいあるんじゃないかしら?