第46話 カーフェイの敗訴

1929年上海。
世間では1929年10月に世界恐慌があり、中国経済にも急激ではないが、不穏な空気が忍び寄っていた。

VV(薇薇)はその1928年に実家であるブラックウェル家を出て、幸福商会を興したが、食堂もカフェも貿易業も、経営は全くの順調だった。

一方、VVの異母きょうだいであるカーフェイは、祖父が1928年に引退を宣言したため、16歳で祖父から無理矢理にブラックウェル家の家督を相続させられてしまったのだ。
ブラックウェル商会は経営が危ないわけではないが、業態は旧態依然としており、カーフェイは諸外国の動向を見て事業の引き締めを図っていた。

1930年になって、VVと幸福商会の貿易関連で取引のあった張文魁(チャン・ウェンクイ)の張紡績公司の経営が苦しくなっていた。
張紡績はこの頃、紡績製品の海外への販売が思わしくなく、VVが支援して業態の転換を図っていたところだった。
張文魁の工場はVVの幸福商会のある幸福路の近くにあるため、幸福路の人が多く働いている。
VV「張さんの工場が上手くいかないと、困る人が多いわ」

VVと幸福商会スタッフのマナは、張紡績の帳簿を見て1930年4月末の支払が滞りそうだと察した。
VVは幸福路の王孔に頼みごとをした。
VV「ねえ、王孔さん。お仕事をお願いしてもいい?業者を何件か回って『張紡績の支払いを5月31日まで待ってくれ』って頼んでもらうの。5月31日ならうちからも支援できるのよ」
王孔「5月31日まで待てと、そう言うだけで良いのか?」
VV「そう、お願いね」
王孔「うむ」
王孔はもともと優しい人柄であるが、背が2メートルを優に超える巨漢であり、筋骨隆々。青幣の構成員だったという過去もあり、顔がちょっと、というか凄くコワイ。

張紡績の取引先は、共同租界とフランス租界、華界に散らばっていた。
王孔がそれらの業者を回りながら「幸福商会のVVに頼まれて来た。張紡績の支払いを5月31日まで待ってくれ」と一言言うと、各業者の経理担当者は一も二もなく「分かりました!5月31日までお待ちします、喜んで!」と簡単に請け合ってくれた。
経済界ではVVがマフィア系のブラックウェル家の出身であることが浸透しており、そこから使いに来たという王孔の顔を見て、皆すっかり怖気づいてしまったのだ。

張紡績の大口の債権者には、カーフェイのブラックウェル商会もあった。
ブラックウェル商会には張文魁自身がカーフェイを訪れ「支払いを1か月だけ待ってほしい」と頼んだ。
カーフェイは恐慌の影響が読めないので不安がある。カーフェイは早く取り立てて安心したいので、張文魁の頼みを拒絶する。
VVとマナ(カーフェイの婚約者)から「支払を5月31日まで待ってくれ」と口添えしても、カーフェイは「仕事とプライベートは別だ」と言って拒否した。

張紡績の債権の残りはブラックウェル商会の債権のみ。
ブラックウェル商会の債権は4月30日が支払期限。5月31日なら支払可能だが、4月30日では間に合わないという微妙な段階だった。

「支払が遅れたら裁判をする」と言い出したカーフェイに、VVとマナはをやめるように忠告したが、聞く耳を持たない。
VV「マナはどう思う?」とマナに聞く。
マナは幸福商会のスタッフだが弁護士資格を持つなど、経理と法律に明るい。
マナ「私も、張紡績を訴えるのは全体のために良くないと思います」
VV「だよね。こうなったら、私の怖さをカーフェイに思い知らせてやる」
と言って、VVは結局、張紡績からブラックウェル商会への支払いをしなかった。

4月30日の支払期限が過ぎた直後、カーフェイは5月1日に裁判を起こした。
カーフェイ「ただ支払いがショートするか心配なだけで、貸借は健全なのだから焦ることも無かいのだが」と心の中で思いながらも、不安で焦っているのである。

いつもは弁護士資格を持つマナがカーフェイの訴訟手続きをするところだが、今回はマナがカーフェイに協力しない。
カーフェイは別の弁護士に頼んだ。

中国人は、契約書を交わさないことが多い。
ブラックウェル商会でも、中国人相手では契約書は交わさない。口約束である。

ブラックウェル商会はアメリカ企業だが、被告である張文魁が中国人なので裁判は中国の裁判所で行われた。
裁判当日、被告席の張文魁の隣にはVVとマナが座っており、カーフェイはぎょっとする。
張文魁は緊張して席についており、VVはにっと笑い、マナはしれっとしている。

裁判で争うところはないハズだったが、マナが「支払期日は5月31日だった」と言い出す。
カーフェイは焦って「そんなことは無い、期限は4月30日までだったはずだ」と反論する。
カーフェイは中国語が話せるが母語が英語であり「30日と31日の発音に癖がある」ことをVVとマナは知っていた。

カーフェイの発言は、支払期限を「4月30日まで」とすべきところ、「4月31日まで」と聞こえてしまう。
マナ「4月は30日までしかありません。5月31日までの間違いだと思います」と証言する。
カーフェイの弁護士は「単なる言い間違いだ」と焦って主張するが、裁判官は「支払期限は5月31日だった。以上結審する」と即決で判決を下してしまう。
VV(裁判官も買収済みよ)

幸福商会に戻って来たVVは、お茶を飲みながら、幸福商会のメンバーであるMG、マナ、ナディアの前で話し始める。
VV「カーフェイだって、私に『力を貸せ』って頼めば済むことなのに、頭が固いんだから」
マナ「きょうだいだからこそ、VVに頼みにくいんじゃないですか」と笑う。
VV「ブラックウェル商会の借入先には、私からちょっと期限を延ばしてもらうように頼んでみるよ」と言った。
ナディア「VVがそんなことできるの?」
VV「かんたん、かんたん」
MG「また王孔さんとかに行ってもらうんでしょ?」

張紡績への訴えが却下されると、再度の訴えは6月にならないと起こせない。上訴も時間が掛かる。
カーフェイは頭の中で「期限が迫っている」銀行借入をいくつか思い浮かべていた。
しかし、ブラックウェル商会の担当からカーフェイに「複数の銀行が返済期限を遅らせた」との知らせが入った。
カーフェイ「VVめ、こっちはせっかく健全イメージに変更を図ってるのに。幸福商会はやり方がマフィアのままだ」

5月31日のブラックウェル家。先日の訴訟相手の張文魁がカーフェイのところに耳を揃えて現金を持って現れた。
「VVさんから聞きましたよ。カーフェイさんは裁判で私に負けて、さぞ私を嫌ってるかと思っていたら、とんでもなかった。私の他の債権者にも私の支払いを待つように取り計らって下さったんですってね。ありがとうございました。カーフェイさんは本当に懐が深い。度量が大きい。感動しました。今後はカーフェイさんとの取引を最優先にします。本当にありがとうございました」と言って深々と頭を下げ、帰って行った。
カーフェイ「VVとマナは、張紡績の債権者への口利きを、俺がやったと言ったのか?」と苦々しく呟いた。
それを廊下の陰でカーフェイの母マリアが耳に挟んで微笑んでいた。

後日、カフェ幸福1号店のカウンターで仕事をしている時に、ふとMGが「VVは幸福路のために張紡績を助けたの?」と聞くと、
VV「私、これから新規事業で張紡績に発注して、儲けようと思ってる案件があるのよ。あー、張さんの会社が潰れなくてよかった」と答えた。

【2026-10-18/260507-1】

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