上海海軍特別陸戦隊(略称:上陸/シャンりく)は、戦前の大日本帝国海軍が中国・上海の居留民保護や租界防衛を目的に駐留させていた陸上戦闘部隊
海軍陸戦隊は通常、必要に応じて艦艇乗組員等で臨時編成される特設部隊だが、本隊は日本海軍で唯一の常設された陸戦隊として知られている。
■主な歴史と経緯
誕生の背景(1920年代)
上海共同租界には多くの日本人居留民が居住していた。1920年代半ばから周辺情勢が悪化したため、海軍は呉・佐世保・横須賀などの各鎮守府から派遣された特別陸戦隊を統合・駐留させるようになり、日本人街(虹口地区)に本部を置いた。
第一次上海事変(1932年1月)
日本人僧侶襲撃事件などをきっかけに、中国軍(第十九路軍)と大規模な市街戦が発生。陸戦隊は航空母艦の支援を受けつつ、日本陸軍部隊の到着まで上海租界の防衛線を維持。
常設部隊化(1932年10月)
事変後の1932年10月1日、「海軍特別陸戦隊令」が制定され、独立した官衙(常設機関)としての上海海軍特別陸戦隊が正式に発足。平時は約2,000人規模で常駐した。
第二次上海事変(1937年8月)
大山勇夫中尉殺害事件などを端緒として、数万規模の中国軍(中正師・独裁勢力の精鋭部隊など)の包囲撃滅作戦を受けた。数倍から十数倍の兵力差がありながらも、司令部ビルや防衛陣地を拠点に激しい防衛戦を展開。陸軍の上海派遣軍が上陸・到達するまでの約半月間、防衛線を死守した。
太平洋戦争と終戦(1941〜1945年)
1941年の太平洋戦争開戦時には、上海の米英艦艇の拿捕や租界の接収を行った。その後は治安維持や他地域への派遣部隊(太平洋諸島への警備隊など)の教育拠点として機能し、1945年の終戦により武装解除・解体された。
■kisono1930(架空)における上海海軍陸戦隊
kisono1930に登場する「日本海軍紅江陸戦隊基地〔架空〕」は、史実にある「海軍特別陸戦隊」とは全く別の施設である。
上海市紅江区に位置する「日本海軍紅江陸戦隊基地〔架空〕」は、上海共同租界の治安維持と日本人居留民の保護を目的として設置された。
公式記録にはほとんど残っていないが、紅江区の住民や商人たちの証言にはしばしば登場し、幸福商会の活動とも密接に連携して語られている。