第8話 ヘイゼルナット嬢誘拐事件

1928年、上海市紅江区。
紅烈(ホン・リエ)の運送店では、東・南・西・北の4人の男の子と、白・發・中の3人の女の子が働いている。この子たちは、幸福路の老人たち10人が託児所を運営しながら育てている孤児たちだ。

紅烈は東・南・西・北の4人を「少年探偵団」と命名し、幸福路の面倒な事件を解決する手伝いをさせていた。これに対抗して、VV(薇薇)もまた白・發・中の3人を「少女諜報団」と呼び、街のお困りごとを解決することにした。
マナは優秀な学力を活かし、子どもたちに勉強を教えている。マナの妹であるサナとサーラも団に出入りしており、家族は「危ないことをしていないか」と少し心配していた。

子どもたちが集まるのは、いつも「ヘイゼルナット」。
ヘイゼルナットは、エリサが母親と一緒に経営しているパン屋で、駄菓子も扱っていた。お店のエリサお姉さんは優しいが、子どもたちはあまりお金がないため、いつもは店先でパンやお菓子を眺めるだけ。賃金をもらった日にパンやお菓子を買いに行き、エリサにおまけしてもらうのを、子どもたちはいつも楽しみにしていた。

子どもたちにとって、エリサはお姉さん的存在だった。
「エリサおばさん!」
子どもたちがからかうと、エリサは決まってこう返した。

「エリサお姉さんです。怒るわよ」
そうして笑いあうのが、いつものお決まりだった。

ある日の午後、ヘイゼルナットの周辺に見慣れない男たちが現れ、店の様子をうかがっている。
「買収か?」
「土地ころがしか?」
と子どもたちが遠巻きに見ていると、突然、2台の車が現れ、数人の男がエリサを車に押し込み、そのまま連れ去ってしまった。

東が叫ぶ。
「追うぞ!」
南が応じる。
「分かってる!」
車は2台。渋滞の時間帯は車の速度が遅い。東・南・西・北の男の子4人は人力車やトラムにしがみつき、必死に追跡。最後にはエリサの乗せられた車2台に4人でしがみついた。

一方、白・發・中の女の子3人は、誘拐した車の特徴を覚え、近くの商店の電話を借りて幸福商会のVVに連絡を入れた。
VVが、幸福商会の白執事(代々ブラックウェル家に仕えるスパイ)に尋ねる。
「車の横に“黒・赤・金の3色旗と鷲のマーク”があったんだって。分かる?」
白執事は即座に答えた。
「もし黒・赤・金の3色旗に鷲の国章であれば、ドイツ領事館の車両です」

VVとMG(マリゴールド)が急いでヘイゼルナットの店に赴き、エリサの母に事情を尋ねると、母は震える声で語り始めた。
「エリサは、バイエルンにかつて存在した小王国“フリューゲル公国”の王家の末裔なの。本名はエリーザ・フリューゲル……」
父親が亡くなった後、彼女がただ一人の正当な継承者となったため、身を隠すために「エリサ・ヘイゼルナット」と名乗って上海で暮らしていたという。ドイツの諜報機関が彼女を連れ去ったのは、王党派に身柄を奪われるのを防ぐためだったのだ。

エリサが誘拐され、少年たちがそれを追いかけている報せを受け、VVはすぐさま十干(じっかん)の爺婆(じじばば)を呼びに走った。
甲婆「何だって、あの子たちが? 無茶をしなければいいんだが……」
VVは、幸福1号店にいたMG、マナ、そして十干の爺婆を連れ、駆け付けた白・發・中とともに、紅烈が運転するトラックへと飛び乗った。
VV「ドイツ領事館なら幸福商会の納品先だから、だいたい見当がつく」
トラックは夜の上海を疾走する。

エリサがスパイたちに連れてこられたのは、ドイツ領事館員が管理する倉庫だった。
スパイA「さあ、姫さん、もう安心だ。王党派の手からは逃れた」
領事館員「ここは領事館の管理地ですから、大事にはしないで下さいね……」
その時、旧フリューゲル王国の王党派が倉庫へ駆け込んでくる。
王党派A「領事館員、我々を騙したな! お前たちはフリューゲル王党派を利用するだけ利用して、結局は本国諜報部の言いなりではないか!」
領事館員「とんでもない! 我々はドイツ全体の味方ですぅ」
王党派B「信じられるか! さあ、姫様、助けに来ました!」
王党派C「どうぞこちらへ!」
スパイA「騙されるな! そいつらはあんたを利用しようとしているだけだ!」
王党派A「何だと! 利用しようとしているのはそっちだろ!」
領事館員「まあまあ、ここは領事館職員にお任せ下さい」
王党派B「どっちつかずの領事館員なんか、信じられるか!」
倉庫内は一触即発の大混乱に陥る。

ドイツ諜報機関と王党派が対峙していたその頃、東・南・西・北の4人は、大きな倉庫の建つ広い敷地で車から離れ、隠れて状況をうかがう。
東「あの倉庫に入って行ったぞ」
南「何だ、ここは?」
西「中に入れば分かるよ」
北「行こう」

子どもたちは倉庫に忍び込もうとする。
しかし、東が古びたドアを開けた瞬間、ギーーーっと大きな音が響き渡ってしまった。
「誰だ!」
4人は警備員に見つかってしまい、
警備員「怪しい奴らだ。今は何か取り込み中らしいが、コイツらも関係あるかも知れん。中の人たちに知らせろ」
子どもたちはそのまま倉庫の中へと連行された。

エリサは子どもたちの姿を見るなり、色をなした。
「あなた達、なぜこの子達まで!」
警備員「こいつらは勝手に入り込んで来たので連れてきました」
スパイA「何だ、このガキどもは……」
エリサは子どもたちを庇うようにその前に立ち、男たちに向かって毅然と言い放った。
「この子たちには危害を加えさせないわ」

スパイA「あなたはドイツ人だろう。中国の子どもより祖国を守るべきだ」
その言葉に、エリサは静かに首を振った。
「いいえ。私は私よ。そして、この子たちは私の大切な仲間なの」
その時、激しい音を立てて、VVと紅烈、そして十干の爺婆たちが倉庫に飛び込んできた。

VV「待ちなさい!」
スパイ・領事館員「侵入者だ、捕まえろ! 撃て!」
王党派「姫様の身柄を確保しろ!」
VV「そうは行かないわよ!」
VVの合図とともに、十干の爺婆が稲妻のような速さで倉庫内を駆け抜ける。

甲婆: 俊敏な動きでブレーカーを落とし、照明を消す。
乙婆: 瞬時に煙幕を張り、周囲の視界を奪う。
丙爺・丁婆: 暗闇の中でドイツスパイの武器を鮮やかに奪う。
戊爺・己婆: 混乱に乗じて王党派の武器を奪う。
辛婆: 領事館警備員の武器をすべて取り上げる。
癸婆・庚爺: 捕らえられていた子どもたちを素早く解放。壬
爺: エリサの身柄を安全な場所へと確保。

スパイA「撃つな! 味方だ!」
王党派「見えん! 誰が敵だ!」
警備員「あっ、武器がないぞ!?」
再び甲婆が照明をつけると、すでに勝負は決していた。
VV「さすがね」
紅烈「信じられん……」
子どもたち「かっくいー!」
VVたちが奪った武器を構え、ドイツスパイも王党派もなす術なく立ち尽くす。
そこで、VVが軽く咳払いをして宣言した。
VV「今から裁判を開始します」

ドイツスパイ・王党派・領事館員「裁判だと? なんでそんなものに付き合わなければならないのだ!」
VV「自分の立場をよく理解することね。ここで大騒ぎして中国当局やメディアに嗅ぎつけられたら、ドイツの国際問題になるわよ?」
その脅しに顔色を変え、しぶしぶ席に着く大人たち。マナが中央に立ち、即席の裁判が始まった。

マナ「罪を裁くのではありません。エリサさんの将来を決めるのです」
王党派「姫様を王家へお迎えし、復興を果たします」
ドイツスパイ「あなたを守り、不自由ない生活を保障します」
マナ「それぞれの言い分は分かりました。――でも、一番大切なのは、本人の気持ちです。エリサさん、あなたはどうしたいのですか?」
エリサは迷いなく答えた。
「私はヘイゼルナットのお店で、静かに暮らしたい」

彼女は男たちを真っ直ぐに見つめ、言葉を続ける。
「私は旧フリューゲル公国の人間かもしれない。でも今、私は上海で暮らしていて、この上海の人たちが、今の私の仲間なのです。お姫様として守られるのではなく、この街の人たちと共に生きたいのです」
VVが腕を組み、大人たちを見下ろした。
「ドイツ諜報機関と王党派の人たちも、これで分かったでしょう? こんな事件をまた起こすようなら、次は私たちがもっとこっぴどくやってあげるから覚悟しなさい!」

謎の少女VVの高らかな宣言の横で、MGが呆れたように呟く。
「VV、そんなに格好よく宣言しても、あなたが誰かなんて誰も知らないわよ」
ドイツスパイ・王党派・領事館員(VV?誰だか知らないが、恐ろしい娘だ……)
王党派「姫の気が変わらない限り、これ以上は手出しはできそうもない……」
紅烈「VV、お前はドイツ国家を敵に回して恐ろしくないのか?」
VV「ぜんぜん」
子どもたちが一斉にエリサに駆け寄り、満面の笑顔を浮かべた。
「またお店に行くからね!」

やがて、ヘイゼルナットの小さな店は、再びいつもの温かな日常を取り戻すのだった。

【2026-06-29/260413-1】

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