開店当時の幸福1号店

1928年上海紅江区。夕陽が傾く頃。
古い日本式商店を改造したカフェ「幸福1号店」には、店番をしているVV(薇薇)と、客のレオンが一人だけだった。
MG(マリゴールド)マナナディアの三人は、向かいの幸福食堂の接客を手伝いに行っている。

レオンは手書きのメニューをめくりながら言った。
「このメニューを書いたのはVVだろう」
「分かるの?」
「字で分かる。MGは整っていて綺麗だし、マナは活字みたいに正確。ナディアは飾り文字みたいな筆跡だ」
「じゃあ私のは?」
「個性的だ」
VVはちょっと舌を出して見せた。

店内は古くて狭いが、隅々まで清掃されていて居心地が良い。
このところレオンは、ほぼ毎日のようにここへ通っている。

店に置かれた雑記ノートには、客たちが思い思いの言葉を書き残していく。
「仕事に疲れた」「猫がいなくなった」など、何気ない一言が並ぶ中、VVはところどころに 「頑張って!」「心配だね」 と、短い励ましのメモを添えていた。

VVがレオンの席へコーヒーを運んでくる。
砂糖もミルクもない。レオンはいつもブラックだからだ。
代わりにヘイゼルナットのクッキーが二枚、皿の端に添えられている。
レオンが好んで食べるものだ。彼はそれを見ると、ふっと笑った。

店内には他に客は誰もいない。
「なあ、VV、仕事の話をしてもいいか?」
「だめ。来週、試験があるの」
「お前が試験を気にするのか?今度は軍の倉庫に忍び込んで、ドッグフードの缶詰を通常のレーションに入れ替える依頼だ」
「なにそれ、担当者がミスったの?」
「納品した業者が間違えた。報酬は高くないが、人助けだ」
「しょうがないなぁ。明日の夕方なら、MGもマナもナディアも空いてるよ。映画を観に行く予定だったから」
「試験は?」
「試験より人助けでしょう?」
「いや、その映画は?」
「それは息抜き」

レオンはいつも、幸福1号店の静けさの中で作戦を練り、依頼者と連絡を取り、ふらりと出かけて仕事を済ませ、また店へ戻ってくる。
店を手伝う子どもたちも何も言わない。
レコードやラジオの音が流れているが、争いは起きない。
文句を言う客がいても、VVが収めるか、あるいは「VVの店」というだけで他の客があしらってしまう。
本当に静かな店だった。

帰り際、レオンは勘定を済ませて店を出る。
VVは他の客と変わらない声で「ありがとうございました」と言った。
勘定書には、コーヒーとヘイゼルナットクッキー2枚の代金がしっかりと記されている。

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